第64話~閑話11~母(?)の日
ある日、蟹男はマルトエスが料理する後ろ姿を眺めながらゴロゴロしていた。 するとミクロが静かに近づいてきて、蟹男の耳元で囁いた。
「(今日って母の日なんだって)」
「あ~、そういえばそうだっ――もごもがっ」
「(しっ!)」
蟹男の口を手でふさいだミクロは、キッチンを気にしながら焦ったように指を立てた。
「(それで? 母の日がどうし……!!)」
ミクロもあっちの世界に母親がいる。 もうずいぶん会っていないだろうから、会いに行きたがっても可笑しくない。
(そういえばミクロの家族について全然知らないな……)
家族は健在なのか、奴隷になった経緯も蟹男は知らなかった。
とはいえマルトエスの時もそうだったが、この手の話題は扱いが難しい。
「(マルに何かしたい!)」
しかし今回はシリアスな話ではなかったようで、蟹男は安堵した。 それと同時に蟹男は首を傾げる。 母の日は母の日であって、マルトエスは二人の母親ではないのだから。
「(マルはママじゃないけど、いつも料理頑張ってるし、掃除も、洗濯もやってるから)」
「(確かに)」
ミクロもその辺りは理解していたようだ。 蟹男は普段の自身の生活を振り返って、納得した。
もちろん何もしないということはないが、マルトエスは率先して家事やら雑務をこなしている。
初めの頃は明確に感謝を感じていたのに、いつの間にかそれが当たり前になっていた。
「(よし、じゃあ後で作戦会議だ!)」
「(うん!)」
「できましたよ~……って二人で何をこそこそしてるんですか?」
「「内緒!!」」
「……あ~、はい。 ふふ、なるほど。 内緒なんですね、分かりました」
蟹男とミクロは満面の笑みでユニゾンする。
二人の態度にマルトエスは何か納得したのか、ほほ笑んで頷くのだった。
「マルトエス、何か欲しいものある?」
「なんですか突然」
さりげなく聞いたつもりの蟹男の質問に、マルトエスは少し考えて首を振った。
「ないです」
「何も?」
「はい」
「力は? 富は? 名声は?」
「そんなものもらっても困りますよ」
「ううむ、そっか了解」
ミクロとの話し合いの結果、二人ともマルトエスの欲しいものを知らなかった。 故に少々わざとらしいが直接尋ねた蟹男であったが、結局収穫はなかった。
「どうしよう……?」
「大丈夫だ、ミクロ。 こういう時はグー〇ル先生に聞けばいい」
『母の日 プレゼント』
『母の日 何すればいい』
『感謝を伝える方法』
『欲しいものがない プレゼント』
どのサイトの些細な違いはあれど、似たような記事が並ぶ。
そして大体最後は気持ちが大事だと、元も子もない言葉で締めくくられていた。
「うーん、どうする?」
「よし、じゃあみんなに聞いてみよう」
蟹男は知り合いの知恵を頼ることにした。
『いつも母の日ってどんなことしてる?』
メッセージの返信はすぐに返ってきた。
一緒にショッピングへ行く藍とアリス。 光は家事を全て代わって、ゆっくり休んでもらうらしい。 そして結城は花とちょっと高めのチョコをプレゼントすることが毎年の恒例のようだ。
「みんなちゃんとやってるんだ……偉いなぁ」
「主は?」
「俺は――」
過去の記憶を遡るが、子供の頃に肩たたき券を渡したことはある。
両親が離婚して、父と暮らしていたので何もしてあげられていなかった。 そして父も数年前に病気で亡くなっている。
「なんもしてねえや」
「そっかー」
「じゃあ最後にあいつのところに行くか」
蟹男はそう言って千葉ダンジョンへ向かう。
「親への感謝か……正直、生きていた頃の記憶がおぼろげだ」
蟹男ですらそうなのだ、長命種の吸血鬼であれば当然だろう。
「ただ毎年誕生花で冠を作って贈っていたことだけは覚えている」
「おお、いいね!」
「参考になったか?」
「ああ、ありがとう」
吸血鬼の意外な一面に驚いた蟹男とミクロは、すぐに行動に移った。
「マルトエス、今日の夕ご飯は俺とミクロが作るから」
「休んでて!」
「いいんですか? ならお言葉に甘えさせていただきます」
蟹男はミクロと頷きあって作業に取りかかった。
ミクロは玉ねぎをみじん切りにしていく。
「あァー」
目にしみて苦しそうなミクロに代わって、蟹男が切っていく。
「あァー」
結局、二人で涙を流す羽目になった。
「大丈夫ですか……?」
「大丈夫! ぐす」
「任せておいてくれ! ぐす」
心配そうなマルトエスに二人は鼻をすすりながら笑顔で答える。
「よし、料理はできた……あとは」
なんとか料理を完成させた二人は、家の外で花を探しに向かった。
しかし生えているのは草ばかりで、花が見つからないまま時間は過ぎていく。
「ヤバいヤバい」
「どうしよう……」
「二人とも~、そろそろご飯食べませんか? お腹空きましたよ」
そしてマルトエスが迎えに来たことによりタイムアップとなってしまった。
蟹男はご飯だけでも作ってあるし充分と、あまり気にしていなかった。 しかしミクロは花を用意できなかったことで落ち込んでいるようだ。
「仕方ないな……ミクロご飯持ってって」
「うん……」
二人が作ったのはオムライスだ。
「わあ、美味しそうですね!」
マルトエスがそう言って喜ぶが、ミクロの表情は晴れない。 俺は仕上げにかけるケチャップをかけていく。
「あ、お花」
ただかけるだけではなく、絵を描いていく。
「花がなかったから代わりにな」
「可愛いですね」
「ミクロもやる!」
「よーし、やれやれ」
機嫌が治って楽しそうにケチャップで描いていくミクロを横目に、蟹男はマルトエスと顔を見合わせて笑った。
「今日は色々とありがとうございました」
「いや、こっちこそいつもありがとう」
「ありがと! ミクロ、もっとお手伝いする!」
「はい、お願いしますね」
「それじゃあ」
「「「いただきます」」」
どうなることかと一時は思ったが、最後は楽しい雰囲気になったことに蟹男は安堵しながらオムライスを頬張る。
ミクロが描いてくれたオムライスはとても、とても濃厚で、幸せなケチャップ味がするのであった。
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