第61話:ダンジョンコア



***



(見える、前よりずっと)


 ゾンビの動きは意外と俊敏だ。


 しかしミクロの視界は筋肉の予備動作から毛の一本まで、全てを鮮明に捉えていた。


「もっと早く」


 触れることは許さない。


 瞳を閉じていても、全方位の敵の動きが把握できる。


「もっと見て、聞いて、感じて」


 感覚を研ぎ澄まし――


――本能の赴くままに体は動く。


 ミクロは自身の戦闘欲が強いことを自覚している。 しかしそれでも敵に恐れはいつだってあった。 それは生きものとして正しい感覚で、悪いことではない。


 だけど今のミクロに恐れはなかった。


「もう終わりか」


――カタカタカタカタカタカタ


 巨大な骸骨の頭の上で、ミクロは戦場を呑気に眺めた。


 ゾンビに埋め尽くされていた戦場が、ミクロの通った場所だけ道のように何もなくなっている。


 魔力の光が遠くに見えるので、結城がここに来るのはしばらくかかりそうだとミクロは判断した。


――カタカタカタカカカカ


 足元の骸骨が許しを乞うように震えた。


「ごめん、結城。 もう待てないや」


 ミクロは瞳を閉じて、


 懐の深いところまで拳を引く、


 魔力の光が拳に集まっていく、


 それはやがて臨界点を迎える。


――落雷らくらい


 ミクロは拳を瓦割のように打ち下ろした。


――ズババンッ


 まるで雷が落ちたような激しい音と共に、閃光が空間を焼いた。



***



 ミクロの拳による一撃によって、骸骨はがらがらと崩れ落ちた。


「いやもう主人公かよ」


 蟹男の呟きに吸血鬼は首を傾げた。


「少しは動けるようになってきたな」

「いやいやいや素人目で見ても、明らかに成長というかもはや進化してるんだけど」


 正直短期間で成果が出ると蟹男は思っていなかった。


 基礎を固めて地道に強くなってもらうつもりで、ミクロを吸血鬼に預けたつもりだった蟹男はどういう反応したらいいか分からなかった。


「基礎は、技術はあればその方がいい。 だが強力な一撃の前では誤差でしかない」

「そう……なのか?」


 蟹男は改めて吸血鬼にミクロを預けて大丈夫なのか心配になった。


「ふむ、目的は達したようだな」

「ん?」

「ぁぁぁぁあるじぃぃぃ」


 向こうから稲妻が走って、ミクロが蟹男に飛びついてきた。


「受け止められないから! 死んじゃうから!」


 ミクロはぴたりと蟹男の前に急停止して、頭を差し出した。


「ああ、よくやった。 強くなったな、すごいぞ」

「うん! ミクロもっともーっと強くなる!」

「もう充分な気が……いや、うんガンバッテ」

「うん! あ、これ。 はい!」 


 遠い目をしていた蟹男にミクロは手のひらサイズの黒いクリスタルを差し出した。


「ありがとう。 ってナニコレ」

「骸骨から出てきた」

「それはダンジョンコア。 ダンジョンの核であり、制御装置だ」


 蟹男が扱いに困っていると、横から吸血鬼がなんでもなさそうに解説した。


「へ? あ、だから目的は達したってことか……」


 なんだか呆気なくて感慨がない。


 ダンジョン攻略ってもっと笑いあり、涙あり「ここは俺に任せて先に行け!」とか色々ドラマを経て達成されると蟹男は勝手に想像していた。


 とはいえ誰かを犠牲にしてまで成したい事でもないので、これくらいでちょうど良いのかもしれない。


「何事もなく終わって――」


――良かった。


 そう言おうとした蟹男は、


「うひゃあっ」


 何かに足を掴まれ飛び上がった。


 足元には黒い人型。

 まだゾンビが残っていたのかと蟹男は警戒するが、


「悪いけどちょっと手助けしてもらっていいかしら?」

「その声は……アリス?」


 そこでようやく蟹男は、救援依頼のことを思い出したのだった。


 展開の速さに、ミクロと結城の成長に度肝を抜かれていたとはいえ、蟹男は罪悪感でいっぱいになった。


「ごめん」

「いいのよ、悲しかったけど助けてもらう身で文句なんて言えないわ。 それにあなたはスキルを使えないんだから」


 ゾンビ汁まみれになったアリスは、拗ねたような表情でため息を吐いた。


「くく、やはり忘れていたか」

「あんた気づいていたなら言ってくれよ……」


 笑う吸血鬼を蟹男は恨めしそうに睨むが、彼女はにやにやして肩を竦めた。


「いや忘れることが問題なのであって、それは私が指摘しても変わらないと思うが」

「う……はい、おっしゃる通りです」

「山河さんにそんな気にしなくていいわよ。 悲しいのは、私の個人的な感情の問題だから……友達グループの遊びの約束に誘い忘れられるみたいな? まあとにかく今回も迷惑かけてごめんなさい。 本当に感謝しかないわ。 お礼については落ち着いたら話し合わせてほしいわ」


 アリスはそう言って仲間の冒険者を助けに向かった。


「安心しろ。 全員息はある」

「そっか、それは良かった。 じゃあ俺も行ってくる」


 蟹男はこれまでミクロやマルトエスのおかげで死を身近に感じることがなかった。


 だから戦場で、誰かが死ぬかもしれない可能性すら頭から抜け落ちていたのだ。


(気を付けないと)


 このまま平和ボケした頭のままでいたら、いつか大事な時に判断を誤るかもしれない。 命の保証がないこの世界、何かが起きてからでは遅いのだ。


 蟹男は改めて気を引き締め直して、怪我人の元へと駆けつけるのであった。






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