第60話:鍛錬という名のゾンビアタック




 ミクロが滑るように突っ込んでいく。 稲妻がゾンビの群れを縫うように走った。


「じゃあ僕も逝ってきます」

「ん? なんかニュアンスが……?」


 結城も続いて戦場へと向かう。

 しかし職業の恩恵がないため、通常と比べると動きは遅かった。


「本当に大丈夫なのだろうか」

「ふむ、まあ死なせはしない」


 結城は剣を携えている剣を振り、ゾンビを切り裂いた。


 しかし横から、前から次々とゾンビが殺到している。


「うわ、やめろっ」


 剣を振るが抵抗虚しく、捕まり、噛みつかれている。


「えっと」

「死んではいない」


 確かに死んでいない。 けれど蟹男の想像よりも安全性は確保されていなかった。


「放せっ……いでえええええ」


 片腕を食いちぎられた結城が絶叫する。


いやせ』


 吸血鬼が呪文を唱えると、瞬く間に新しい腕が生えた。

 そして結城は何事もなかったかのようにゾンビに剣を振り下ろす。


「これが鍛錬!?」

「ああ、実践的で効率的な鍛錬だろう。 少々荒っぽいかもしれんが、鍛錬には怪我は付き物だ」

「いやいや、ふざけるなよ?! こんなんで強くなれるわけ――」


――ないだろ。


 蟹男が吸血鬼に食ってかかろうとした瞬間、結城の体が魔力の光を帯び始めた。


「え、まさかスキル……?」

「魔法と同じだ。 戦闘スキルは職業に就いていなくとも鍛錬すれば使える」


 確かに理屈で言えばそうかもしれない。 しかし短時間しか鍛錬に参加していない結城が身に着けられるようなものなのだろうかと、蟹男は疑問に思う。


「しかし鍛錬には長い時間を要する。 ただしそれを補うことができるのが実践だ。 それも死線をくぐるような経験がスキルの習得を促すのだ」

「……ご解説どうも」


 ミクロや結城がそんな鍛錬をしていたと知っていたら蟹男は中止しただろう。

 確認もせず軽い気持ちで彼女らを、吸血鬼に預けたことを後悔した。


「あまり気に病むな。 短期的に強さを求めれば何かしらの代償は必要だ。 それに嫌ならば自分で申し出るはずだ」

「それはそうかもしれないけど」

「奴らは己を傷つけても強くなることを選んだ。 そなたはその歩みを、憶測を含んだ勝手な優しさで止めるのか?」

「いや、俺は……」


 結局蟹男は彼女らが傷つくことが嫌で、それによって自身が嫌われることが怖いのだ。


(あの頃と変わってねえじゃん)


 かつてミクロとマルトエスと出会った頃、蟹男はミクロを過剰に心配していた。


『ごめん』

『褒めて欲しかったんですよ』

『撫でて!』


 つい最近も似たようなことで蟹男はミクロに言われたはずだ。


『なんで私を呼ばないの!!!』

『私は誰にも負けないし、必ず守って見せるから』

『俺を守って、助けてくれ』

『お前が必要だ、ミクロ』


「もう手加減はしないって言ったんだったな……」

 

 蟹男は思うところを全て、息と共に吐きだした。 そして今度は鍛錬がどれだけ過酷か理解した上で吸血鬼に頭を下げる。


「ミクロと結城くんのことは頼んだ」

「ふむ、言われなくともそのつもりだ。 しかしその気持ちは受け取っておこう」


 この戦いを見届けることが、せめてもの責任だと蟹男は戦場に目を向けるのであった。



***



「うわああああああ」


 腕をちぎられた痛みで結城は絶叫を上げた。


 しかし瞬く間に新しい腕が生え、剣を振る。


(死にたくない死にたくない死にたくない)


 怖気づく暇も、考える間もない。 結城は生存本能の赴くままに体を動かしていく。


 強くなりたかった。

 結城は藍を守りたい一心で、いや守っているつもりだった。 だけどいつも自分ではなく誰かが、アリスや蟹男が守られていたように感じていたのだ。


――変わらなきゃ。


 がむしゃらに剣を振った。


――強くならなきゃ。


 無茶な作戦に参加もした。


――守りたい。


 結局結城はまだ自分が納得する成果を出せていない。


 普通のやり方じゃダメだ、だけどどうしたらいいのか分からなかった。


 そんな時、ミクロが異世界人の指導を受けていると聞いて――これ以上置いていかれてたまるか、と参加を決めたのだ。


「よろしくお願いします!」


 しかし鍛錬は想像以上に過酷であった。


「ふむ、良かろう。 とりあえず死ね」


――スパッ


 気づいたら腕が宙に浮いていた。


「はぇ? っっっっでえええええええ」

「腕の一本くらいで騒ぐな」


 鍛錬はもはや拷問に近いものであった。


 すぐにやめたいと思ったし、ミクロにもやめさせるべきだと思った。


「もう一回」


「もう一回!」


「もうっ、一回!!!」


 しかし何度欠損しても、瀕死になっても、立ち上がるミクロの姿を見て結城の中で正義感ではなく、義務感でもない、熱い感情が湧いてきたのだ。


(俺も強くなりたい)


 今の結城にはスキルがない。


 強くなって、そして――


「戦いたいんだ、君たちと」


 目の前の人外たちと肩を並べたい。


 同じ目線で、手加減なく、本気同士でぶつかり合いたいと結城は強く思った。


「ほう、戦意がないと思ったらあるではないか」


 戦闘欲に脳が支配されていく。


 怖気づいた足の震えも、


 体の痛みも、いつしか消えていた。


「もう一回お願いします!!!」

「ふむ、良かろう」


――強くなりたい。


 誰でもない、自分のために。


 結城は自己犠牲ではなく、初めて己の欲望に従って剣を振るった。


「今のは悪くない」


 スキルはない。


 しかし剣先は淡い光を放っていた。



***





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