第59話:転移罠/参戦
「断る。 人類の行く末にも、知らぬ者の命にも興味が湧かない」
ダンジョンへ行った蟹男の相談をすげなく断った。
「いやいや、人類が滅亡したらあの四角も手に入らないぞ?」
「脅しか? それはそなたが努力すべきことで、こちらの問題ではないが? もしやーー反古にするつもりか?」
「いいえ! しません! おっしゃる通りです! すみませんでした!!!」
鋭い視線に蟹男は思わず背筋を伸ばした。
しかし人類の存亡が掛かっているとはいえ、確かに吸血鬼の意見が正しい。
人類が滅べばスマホの大部分の機能が意味を成さないとしても、だからといってそれを渡すべきなのだ。
「いや、本当に今の言い方はズルかった。 申し訳ない」
「誰にでも過ちはある。 気にするな……ふむ、しかし丁度よいかもしれん」
吸血鬼は何か思い付いた様子で悪い笑みを浮かべた。
「私は手伝わない。 が、弟子の修行の一貫であればフォローくらいしても可笑しくはないな」
話を聞いていた結城とミクロが一瞬震えた。
「やはり強くなるには実践あるのみ。 では行くか」
「修行ってまさか……」
「結城とミクロの二人にダンジョンを攻略させる」
ミクロはともかく結城はスキルを使えない状態だ。 そんな無茶苦茶な、と蟹男は焦る。 しかしそんなことは関係ないと、吸血鬼は早くしろと視線で訴えてきた。
「結城くん、大丈夫?」
「あ、はい。 死にはしないので、大丈夫です」
「それは大丈夫というのか……?」
ミクロもその点にだけは同意のようで、頷いている。 蟹男は吸血鬼のスキルについて詳しくは知らないが、少なくとも治癒する能力があることは以前判明している。
どんな鍛錬をしているかは分からないが、治癒に関しては相当な信頼と実績があるらしかった。
二人がそう言うなら蟹男としては問題ない。
「分かった。 じゃあ行こうか」
『はい』
『救援要請を受諾しました』
ーー景色が変わる。
「くっさ」
蟹男は強い腐臭に思わずえずく。
広がる光景は地獄そのものだった。
うごめくゾンビの大群と、それを必死に殺しながら進むアリスたちと冒険者。
その奥に控えるローブを羽織った巨大な骸骨が、杖をゆらりと振るうと新たにゾンビが現れた。
「ふむ、リッチか……物足りぬがまあ肩慣らしには丁度良い」
吸血鬼はそう言って、顎で示しながらミクロと結城へ視線を向けた。
「さあ、修行の時間だ」
※※※
「こんなに深くまで来たのは初めてだ」
ダンジョンを攻略せよ――冒険者ギルドからの依頼を受けて、選抜された冒険者がクランを組んでいくつかのダンジョンへ入った。
人数を投入しても死人がでるだけであることは明白なので、B級以上の冒険者によってクランは構成されている。 S級にも声がかかったはずだが、アリスのクランに姿はなく最高でA級となっていた。
「A級の方でもそうなんですね」
「ああ、勘違いしそうになるがこの世界はやり直しがきかない。 どれだけ力を手に入れても俺は無茶はできない」
アリスはクランのリーダーであるA級と話しながらダンジョンを進む。
「それはそうですね」
「その常識を超えられた狂人がS級に上がれるんだろう。 俺はA級止まりの凡人だよ」
「いえいえ! A級でも充分すぎるくらい凄いですよ」
「そら、どうも」
前方では戦闘が行われている。 時間によってローテションを回しているので、しばらくアリスたちは後方で待機となっていた。
「扉だ!」
しばらく進むと、前方の冒険者が声を上げた。
扉は現実のダンジョンにおいても特別な意味を持っている。
「ボス戦だ! 気合い入れろ!」
扉の先にあるボス部屋へ足を踏み入れる一同。
「モンスターがいない……?」
本来であればボスモンスターが待ち構えており、戦闘が始まるはずだ。
その瞬間、扉がひとりでに閉まり床が発光した。
「なんだこれ?!」
「まさかトラップ?!」
現実のダンジョンにトラップがあった報告は少ない。 しかしそれは冒険者たちがダンジョンを深くまで攻略していないだけであって、存在していたのだ。
そしてその部屋から冒険者の半数が消えた。
「分断された……最悪だ」
少しの浮遊感を感じて、目を開けるとアリスの前には巨大な骸骨がいた。
ーー景色が変わっている
ーー周囲の仲間が減っている
骸骨が突然現れたのではなく、おそらく自分達が瞬時に移動したのだと悟る。 そして自分の運の悪さをアリスは呪った。
「最悪ね」
クランはほとんどが戦闘員だが、何名か支援に秀でた冒険者もいた。 その全員がこちら側に割り振られていたのだ。
ーーカタカタカタカタカタカタ
骸骨が笑うように震えて、手に持っていた杖を振るうとゾンビが召喚される。
後ろに扉はあるが、閉じられていて逃げ場はない。
「やるしかない」
アリスは覚悟を決めて武器を構えた。
「持久戦では勝ち目はないわ! 速攻で決めましょう!」
見たことのないモンスター。
自分のパーティーが万全であっても勝てるのか分からない相手だ。 それでも生きるために、死なせないためにアリスは立ち向かうのだった。
しかし現実は非常である。
ゾンビを倒せども再召喚されきりがない。 おそらく骸骨を倒せば終わる戦闘という理屈は分かっている。 しかし無限に湧き出るゾンビ、少しずつ傷を負って動きが鈍くなっていく仲間たち。
一人、また一人とゾンビの群れに飲み込まれていく。
「あー、もう! また迷惑かけるけど、本当にごめんなさい!」
物語のような土壇場での覚醒なんてない。
生きるために使えるものは使うしかない。 アリスはやれるとこまでやったと、自分に言い聞かせてスキルを使用した。
「借りが膨らみすぎてきて、もうどうやったら返せるのかしら?」
そんな呑気な台詞を吐けるのも、面倒くさがりで善意の薄いどこかの誰かを信頼していることの証だろう。
『フレンド山河蟹男に救援を要請しました』
『要請が受諾されました』
そして蟹男たちが現れて、アリスは安堵の息を吐いてゾンビに呑み込まれていくのだった。
「さあ、修行の時間だ」
※※※
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