第55話:ただ死んでいないだけ/アラート




※※※



 吸血鬼の教え方は、マルトエスのように理論立てて分かりやすいものではない。


 とにかく実践あるのみ。


 極限の状態に追い込み、生命本能に訴えかけ進化を促すという危険なものだった。


――スパン


「脆い」


 ミクロの腕が宙を舞う。


「っ」


 痛みに上げそうになった声を飲み込んで、ミクロは吸血鬼に突っ込んだ。


「折れぬ戦意は良い。 だが」


 吸血鬼はミクロを軽やかにかわしながら、連続で攻撃を加えた。

 地面に倒れ伏すことなど、許されない。 まるで格闘ゲームで一方的にやられる素人操作のキャラクターのように、ミクロは一切の動きを封じられて――


つたない」


――蹴りで吹き飛ばされた。


「さっさと強くならなければ、そなた死ぬぞ?」


――ジ、ジジジッ


「さあ、強くなりたくば命を燃やせ」


 稲妻を放ちながら、ゆらりと立ち上がったミクロの姿を見て吸血鬼は楽しそうに嗤うのだった。



※※※



「へえ、面白いな」


 マルトエスの講義を聞きながら、そう言った蟹男をアリスは驚愕の表情で凝視した。


「い、いやいやいや! これそんな簡単に片付けられることじゃないから!」

「ん? とういと?」

「分からないの?! ここにはモンスターの生態や弱点まで載ってる……しかもそれは異世界であるはずの日本で出現したものと変わらない……もしもこの情報を公表したら誇張ではなく世界が変わるわよ!?」

「そう言われてみれば確かに」


 アリスの力説は理解できても、蟹男には大して響かなかった。

 蟹男は自分や身内んことしか頭になく、そもそも社会貢献という考えが欠落している。 故にこの情報が世界に有益がどうかなんて考えたこともなかったし、これからも考えるつもりはない。


「だってさ。 マルトエスはどうしたい?」

「公開するべきよ!」

「うーん、そうですね……では」


 少し考える素振りをみせたマルトエスは、アリスに本を渡した。


「お願いします」

「え、私? あなたの功績なのよ?」

「功績は必要ありません。 それに名が売れることは良いこともありますが、同時に悪いものも引き寄せますから」


 マルトエスは現代人並みのネットリテラシーを備えているようだ。 アリスは本を受け取りつつも、困った顔で蟹男を見た。


「えぇ……ホントにいいのかな?」

「俺は全然構わないよ。 頑張れ!」

「……分かったわよ。 まあしばらく暇だし、世界のために頑張りますか。 ところでさ」


 アリスは本をめくり、後ろのページを開いた。


『災害個体』


『それが現れるとき文明は滅ぶ』


 そこには普通のモンスターは載っていない。


 挿し絵もなく、まるでおとぎ話のような説明文が記されていた。


「これって本当にいるの? 言い伝えか何かよね?」

「いえ実在します。 私たちの世界には長寿の種族がおりまして、彼らが実際に見たことがあるそうなので」

「うそ……その時はどうやって倒したの?」


 マルトエスは首を横に振った。


「倒せなかったそうです。 なので眠りにつくまでただ待ったと聞いております」

「その時、世界はどうなったの……?」


ーー滅びました。


 マルトエスは真剣な表情でそう言った。



※※※



 地上から遥か上空。

 そこに一つのクリスタルが浮遊していた。


 誰も未だ到達しておらず、誰にも知られていないダンジョンだ。


 放置されたダンジョンは氾濫する。

 まるで世界が変革した初めの頃のように。 ただそのダンジョンに住まうモンスターは他とは様子が違っていてーー


ーーoooooOoooooooOoo


 風なりのような鳴き声が響くと、クリスタルから巨大過ぎる腕が一本ひりでる。


 その様子を家の屋上から呆然と見つめる男がいた。


 彼は山河マーケットで買った鑑定メガネを常に付けている男であった。 彼がふと空を見上げると、


『空』

『雲』

『カラス』

『ジャイアント・ギガス(災害級)』


「は?」


 男は見えるはずのない文字に間抜けな声を上げた。 基本的に距離が近ければ近いほど、そして魔力を込めるほど鑑定は詳細に結果が出る。


 ただしモンスターだけは名前と何基準なのかは不明だが危険度が表示されるのだ。


 ここはダンジョンではない。

 モンスターのうようよしている外でもない。 街中だ。


 しかも災害級なんて聞いたこともないが、もしそのままの意味だとしたらーー


「大変なことになったぞ、こりゃあ」


 男はそう言って慌ててスマホで、冒険者ギルドへ電話を掛けた。


「俺だ」

『ギルド長? どこで仕事サボってるんですー? 早く戻ってきて下さいよお』

「落ち着いて聞いてくれ」


 男は電話相手の話を流して、震える声で言った。


「冒険者にアラートを掛けてくれ」

『はい? 寝ぼけてます?』


 アラート、とはダンジョンの氾濫の際に冒険者を召集する合図だ。


 アラートは危険度によって色分けされる。


 ブルーはダンジョンの氾濫初期段階など、

 イエローはダンジョンの氾濫、または強力なモンスターによる襲撃など、


「推定……レッドアラート」


 そしてレッドはこの世界が変革した時など、世界の存亡がかかる危険度を表し、冒険者は強制的に戦闘参加を余儀なくされる。


 この日、日本の全冒険者にとある通達が行われた。


『レッドアラート』


『迅速に近くの冒険者ギルドへ集合せよ』



※※※


 


 


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