第56話:冒険者ギルド本部と交渉



***


 冒険者ギルド本部では緊急会議が行われていた。


「アラートを出したのはいいが、どう戦えばいい? あれと」


 本部長、ギルドで最も偉い男が窓の外を見て呟く。


 上空にはビルほどもある腕が完全に出ていて、時間はそれほどないように思えた。


 オンラインで画面に映る各地のギルド長も、参加している最高戦力の冒険者たちも、誰も声を上げることはない。


 東東京近くに居座っていたかのドラゴンでさえ、鑑定の判定は災害級ではなかった。 つまりそれより一段階以上は強敵であるということになる。


 その事実は全員の心を折るには充分であった。


「……戦う以外に生き残る方法を模索すべきか」

「奴の情報が無さすぎる! 鑑定では他に見えたことはないのか?!」

「すまないが情報は何もない」

「一体どうしたら……」

「あのドラゴンを倒した者たちくらいか? 可能性があるのは」


 本部長は最近見た三人で例のドラゴンを倒してみせた動画を想い出して呟く。 しかし動画はかなり離れた位置からの撮影であったため、誰かまでは特定でいていなかった。


「ヒントは声くらいか」

「それだけじゃどうにもならんぞ」

「……合ってるかは分かりませんが――」


 黙っていた一人の男が初めて声を出した。


「君はカルロスだったか? 何か思い至ることがあるなら教えてくれ」

「はい、知り合いの声に似ています。 かつて外で生きていた時、共に過ごした仲間の声に」


 彼の名前はカルロス、元ホームセンター店員の男。


 現在は東東京ギルド長を支える副ギルド長にまで上り詰めた、優秀な職員である。



***



「私たちは行くわ。 山河さんはどうするの? 一緒に行く?」


 スマホに届いた通知を確認して、アリスは即断した。


「いや、ただでさえ戦えない上にスキルの使えない俺が行く意味あるか……?」

「後方支援とかやれることはいくらでもあるわよ」

「なるほど」


 正直、蟹男は行きたくなかった。 拠点にいれば自分は安全なわけで、仮に世界が滅ぼうと自分の身を削ってまで戦うかと言われれば、間違いなく否。


 とはいえアラートを理由もなく無視すると、ペナルティがあることはギルド登録の際に話があった。 下手をすれば資格停止、Fカードの登録も抹消されかねない。


 蟹男にとって金は命より大事ではないが、捨てるには惜しい。 故にもう少し、アラートに関して情報が欲しかった。


「どういう状況なんだろうな? ダンジョンの氾濫とか?」

「いえ、以前ひどい氾濫があった時でさえイエローだったから、それはないんじゃないかしら?」

「それ以上か……」


 この場に重い空気が漂う中、アリスのスマホに着信が入った。


「カルロスから……丁度良いわね」

「あー、前の時一緒にいた偽名の人か!」

「そそ」

「で、何が丁度良いって?」

「彼、冒険者は引退してギルドの職員になったの。 今は副ギルド長まで昇進してるらしいから、詳しい話を聞けるかも」


 あの寡黙な男は意外と優秀だったらしい、と蟹男は驚く。


『久しぶりだな。 一つ確認したい。 アリスさんは例のドラゴン討伐動画の撮影者、または関係者なのか?』


 カルロスは開口一番そう言った。


 アリスはこちらを申し訳なさそうに見て、ため息を吐いた。


「さすがに知り合いにはバレたか。 声で分かったの?」

『ああ。 それで』

「なら隠しても仕方ないから白状するけど、撮影者は私。 そして当事者はーー」

「……俺だよ」


 蟹男は渋い顔で言った。


「久しぶり。 ずいぶん昇進したんだな」

『ああ。 そっちこそとんでもない偉業を成したもんだ』


 蟹男としては正体を隠し通す選択肢もあった。 それでも話に応じたのは、あの動画に出演していた戦力はほぼ当てにできないと知らせるためだ。


「だが悪いな。 期待している協力はできない」

『……理由を聞いても良いか?』

「ドラゴンを倒せたのは特殊なアイテムを使った。 そしてそれはもう使えないことが一点。 加えてアイテムの反動で俺と結城はスキルを使えない」

『……』


 落胆したようなため息が向こうから聞こえてきたが、蟹男としてはドラゴンスレイヤーの幻想に期待を抱き続けるよりは、早く現実を知れてありがたいと思ってもらいたかった。


『もう一人いたはずだ。 彼女も同じなのか?』


 カルロスの声を聞いて、本当に切羽詰まっているんだなと蟹男は他人事のような感想を抱きつつ首を振った。


「いや、彼女は戦える」

『なら!』

「ただ彼女は冒険者じゃない」

『っ……そうか』


 しばしの沈黙があった。


「詳細の情報が欲しい。 それ次第では説得しても良い」


 蟹男は今回のアラートを受けて、条件を付けることにした。


「それともしも協力したら、今後のアラートにおいて冒険者山河蟹男に拒否する権利が欲しい」


 ミクロを死地に送るつもりはないが、場合によっては参戦することも検討するくらいには蟹男はその権利が欲しかったのだ。


 安全ため、面倒ごとを避けるため。


 あくまで全て自分のためだ。


『分かった。 アリスに資料を送る。 検討して返事をくれ、できれば早く』

「分かったよ」


 蟹男は資料を確認して、さっそく行動に移った。


「どこに行くの?」

「とりあえず長寿の種族に話を聞いてくる」


 蟹男はそう言って、ミクロと吸血鬼のいるダンジョンへと向かうのだった。







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