第53話:フォロワー1000人突破記念SS
※こちらは本編ではありません
□プレゼント
誕生日。
それは蟹男にとってもはやイベントではなく、ただ年の数が増えるだけの日であった。
「おーい、ミクロー入っていい?」
『だ、だめ!』
拠点の家のミクロに与えた一室をノックすると、まさかの拒否に蟹男はひどくショックを受けた。
いつも喜んで迎え入れてくれるし、そもそもミクロからまとわりついてくるのが常であったのだ。
「な、なんで?」
『いいから! 主だけはダメなの!』
「マジか」
蟹男は深い悲しみに気力を失い、ソファーに寝転がる。
誕生日を気にしないと言っても、さすがにこの仕打ちは辛い。
蟹男の様子に気づいたマルトエスが首を傾げた。
「何かありましたか?」
「ミクロが思春期だ」
「ん? そう、なんですか?」
肉体年齢でいえばミクロもお年頃。
もしかしてそのうち『主と洗濯物を別ける』とか言い出すのだろうか。 そしていつしか家庭に居場所を失い、休日に目的もなく喫茶店で時間を潰す日々を送ることになってしまうのか。
蟹男は被害妄想を膨らませて、絶望に打ちひしがれた。
「あの暖かい飲み物でも淹れましょうか……?」
「マルトエス、君だけはそのままでいてくれ……」
「はあ」
蟹男はマルトエスの手を強く握って、懇願するのであった。
そして夜。
気分は良くなったものの、夕食はいつも三人そろって食べているのでミクロ顔を合わせることになる。 もしも顔を合わせてミクロに嫌な顔をしたらと、想像するだけで気分が重かった。 しかしここでふと気づく。
「何を悩んでいるんだ。 俺は主なんだから、たまには別で食事したいって言っても構わないはずだろう。 うん、そうしよう!」
蟹男は名案を思い付いたと、さっそくキッチンにいるマルトエスに伝えに言った。
「そうですか、承知しました」
そして俺の自室にマルトエスが配膳してくれた食事はいつもよりちょっと豪華なものだった。
「へえ、今日はいつもより手が込んでるんだね。 美味そうだ」
「ありがとうございます。 ではゆっくりなさってください。 後程食器を片づけに参りますので」
「うん、ありがとう」
ボルシチにバスケット、パスタに小さなピザ。 どれも好物であったため、蟹男の憂鬱な気分は吹き飛んだ。
「じゃあいただきます!」
――コン……コン、コン
蟹男がスプーンを持ったところで扉がノックされた。
『主ぃ』
扉を開くとそこにはハッピーな帽子をかぶった暗い表情のミクロがいた。
蟹男の頭の中で今日の出来事、そして食事が全て繋がっていく。
「ひどい言い方してごめんなさい」
ミクロはおそるおそる可愛く包装された包みを差し出した。
「それは……ま、まさか」
「誕生日プレゼント……驚いて欲しくて、それで」
「ああ――――」
蟹男は己の愚かさを呪った。
(何が思春期だ? 何が俺は主だ?)
「何やってんだ俺は」
蟹男は呟いて、俯いたミクロを抱きしめた。
「俺の方こそ勝手に勘違いしてごめん。 ミクロが理由なくそんなことするわけないのに、な。 本当にごめん」
「ううん、主は悪くないよ」
「それでも……ごめんな」
胸のあたりがじわりと温かくなっていく。
蟹男はしばらくしてミクロを放すと、幸せそうに微笑んだ。
「下で一緒に食べよう。 そんでプレゼントも一緒に開けよう」
「うん!」
蟹男はミクロと一緒にリビングへ向かい、そしてマルトエスと三人で久しぶりに誕生日パーティーを楽しむのであった。
「これ開けていいか?」
「うん! 頑張って作った!」
(作る……?)
ミクロが物を作る姿が想像できなかった蟹男は、どきどきしながら包みを開く。
中身はお手紙と白いマグカップだった。
「この絵はミクロが書いたんだよ!」
マグカップには狼と男と女が手を繋いでいる不格好な絵が描かれている。
しかし蟹男にとってそれは世界に一つだけの、大切な宝物に思えた。
「ありがとうな」
「うん! 手紙は後で、一人でね!」
「はいはい、分かったよ」
「主様、私からも」
「え、まじ?」
この世界が変わって神を呪っている人もいるだろう。 そういう人の方が多いかもしれない。 故に声に出して言ったりしないが、蟹男はこの世界が変わってくれて、二人に出会えて本当に良かったと心から思うのであった。
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SS書きますと言ってから、だいぶ時間が経ってしまいました。
特に要望はなかったので自分なりに書いてみましたが、楽しんでいただけましたでしょうか?
物語では語っていない日常小話でした。
更新が不安定な部分もありますが、
お付き合いいただいている皆様に感謝いたします。
これからかも本作「職業商人」をよろしくお願いいたします。
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