第52話:カミングアウト



『終わったぞ』


 吸血鬼はそう言いながら担いでいたミクロを蟹男の前に下ろした。


 ミクロは意識を失っていて、服装はぼろぼろだが目立った傷は負っていないように見えた。


「大丈夫、だよな……?」

「心配するな。 傷は治癒したから直に目覚める」

「そっか」


 吸血鬼との間で話が付いていたとはいえ、蟹男は心配になってしまう。 それと同時に心が傷んだ。


「ミクロごめんな……」

「ふむ、それでどうする? 人の寝床なぞここにはないが」


 蟹男はため息を吐いて気持ちを切り替える。


(これは俺のエゴだ)


 ミクロにとってこれが良い経験になるはずだ、だから許してくれーーなんて口が避けても蟹男は言えない。


(恨んでくれていい。 この危険な世界で生きるために、俺のために強くなってくれ)


 蟹男は鍵を取り出して、拠点への道を開いた。


「稽古は通いで頼む」

「ふむ、構わぬ。 個人でダンジョンを保有してるのか……」

「じゃあ今日は帰るよ。 また明日来る」


 蟹男はそう言ってミクロを背負って、アリスたちを連れて拠点へ入っていく。


(ちゃんと話さないとなあ)


 吸血鬼と話してる時は、これが必要なことだと思ったし、いい考えだとも思った。


 しかし実際本人に話すとなると、少し気が重くなる蟹男であった。






「遅くなったけど、みんな心配かけてごめん。 助けに来てくれてありがとう」


 拠点で一息ついて、蟹男はそう言って頭を下げた。


「そんなの全然気にしないで。 ただ一番心配してたのはミクロちゃんだから」


 アリスはそう言って心配そうに息を吐いた。


「そっか」

「そうですね。 ちゃんと説明してあげてください」

「う、はい。 それはもちろん」

「もしも嫌だって言われたらどうするんですか? いくら戦闘技術に優れていても、山河さんをさらった相手に師事するなんてミクロは嫌がりそうですけど」

「それならそれでいい」


 マルトエスの言葉に蟹男は即答した。


 蟹男にとってミクロは強さが全ての駒じゃない。

 それよりも友達のような、妹のような、大切な仲間だ。 蟹男はただ彼女に機会を与えてあげたかった。 どうするかを強制つもりなんてさらさらない。


「そうですか。 それを聞いて安心しました」

「まあ山河さん、ミクロちゃんのこと溺愛してるものねえ」

「え? そんな素振りしたっけ……? まあ大好きだけど」

「無自覚だったのね……」


 いつかミクロには幸せになって欲しいが、もしも好きな人ができたなんて言われたら号泣しながら送り出すくらいには蟹男はミクロを想っている。


「それで俺たちはしばらくここにいるつもりだけど、アリスたちはどうする?」

「そうねえ、今更宿に戻るには距離がありすぎるし……迷惑でなければお世話になってもいいかしら?」

「もちろん! ここにあるものは自由に使ってもらって大丈夫だから」

「ありがとう。 じゃあしばらくよろしくお願い」


 蟹男はアリスたちに感謝すると共に、今回の騒動で一つ決めたことがあった。


「アリスたちにマルトエスの作った例のやつ見せてもいいか?」

「私はもちろん良いですが、良いのですか?」

「うん、もう隠すような仲でもないだろ」


 蟹男の言葉にマルトエスは驚きつつも、嬉しそうに頷いた。

 やはりせっかく書いたものはたくさんの人に見てもらいたいものだから、この選択は正解だろうと蟹男は感じる。


「なに? 何の話よ」


 訳の分からない様子のアリスたちの前に、蟹男は数冊の本を並べた。


「これはマルトエスが書いた手書きの教本なんだけど」

「へえ、すごいわね。 何のきょう……ほん、って?! これ?!」

「そう、魔法の教本」


 アリスは驚愕して目を見開いていた。

 しかしこれからもっと驚く事実がある。


「マルトエスは異世界の魔法使いなんだ」

「はい?! ちょっと待って、一回待ってお願いだから」

「そしてその世界ではスキルがない一般人でも簡単な魔法であれば覚えることができる。 科学の代わりに魔法の技術体系が存在するんだ」

「いやだから! 理解が追い付かないんだけども!」


 いちいち説明していたらきりがないので、蟹男はアリスのお願いを聞く気はなかった。 そして、


「ここでじっとしてるのも暇だろ? 良かったらアリスたちも練習してみるか?」


――ぼ


 蟹男の指先に小さな火が灯る。


 それは科学ではない。


 異世界の技術によって起こされた小さなファンタジーがアリスたちの目の前で起きていた。


「大変だけど面白いぞ」


 実演した効果は絶大だった。


 その場は大騒ぎになり、そして教本を読み始めると途端に静まり返る。






「ん…………負けた」


 一方その頃、ベッドに寝かされていたミクロは敗北の記憶と共に目を覚ますのであった。











 





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