第51話:バッドタイミング/強者
※※※
ダンジョンは幸い戦闘はなく進んだ。
いくつ階段を下っただろうか。 そこの階層に降り立った時、ミクロが目を見開いた。
「何かいる」
視線の先には人影が二つ。
話し声が聞こえるが遠くて聞き取れない。
「とりあえず全員で」
ーー向かおう
アリスがそう言い切る前に稲妻が走った。
「ミクロっ?!」
マルトエスが制止するが間に合うわけもなく、高速の光は人影に飛び込んだ。
そして
「え?」
ぽーん、とまるでボールを跳ね返されるようにミクロは吹き飛ばされた。
「っ!? 行きましょう!」
アリスの掛け声で、その場の全員は急いでミクロの元へと向かうのだった。
※※※
「ふむ、何か来たようだ」
吸血鬼は蟹男を組伏せたまま呟いた。
「ふん、速さはまあまあ。 しかしーー
ーーーー軽いな」
何かが壁にぶつかる衝突音。
それと共に自由になった蟹男は慌てて立ち上がった。
「ほう、頑丈だな」
「……せ」
そして土煙の向こうから聞き覚えのある声が聞えた気がした。
「主を放せええええええええ」
「ミクロっ?!」
怒りに顔を歪ませるミクロの体から稲妻がほとばしる。
「知り合いか?」
「ああ、例の護衛……なんだけど」
「ふむ、ならばちょうど良い。 お手並み拝見しよう」
吸血鬼は悪そうな笑みを浮かべて、ミクロを挑発する。
「主、待ってて! ミクロが助けるから!」
「いや待て待て! こいつは敵じゃないんだ!」
蟹男が必死に声を上げるが、ミクロには聞こえていないのか、もしくは我を忘れているのか驚異的な速度で吸血鬼に突っ込んでいく。
「先ほどの状況を客観的に見れば、まあ襲われているようにしか見えぬよな」
「確かに……」
吸血鬼は会話をしながら軽くミクロをあしらっていた。
素人目でも吸血鬼の動きは洗練されていて、積年の鍛錬を感じる。
「あんた、こんな強かったんだな」
「ふ、まだまだこんなもの遊びにすぎぬ。 お主の護衛は少し拙すぎるのではないか? 速さはそれなり。 獣人のポテンシャルもある。 戦闘のセンスもあるだろうに、もったいない」
薄々感じていたことを吸血鬼に言われて、蟹男はミクロに申し訳なくなった。
「周りに指導できる人間がいなかったんだよ」
「主呼びということは主従の関係なのだろう? ならばお主の怠慢だな」
「う、分かってるよ……だからあんたに頼んだんだ!」
「ふむ、そうか。 ならば勉強がてら少し見せてやろう」
蟹男にはミクロがもはや光の軌跡にしか見えていなかった。
雨のように繰り返されていた攻撃は急に止まった。
ミクロは肩で息をしているが、疲れて休んでいるわけではない。 その表情は警戒。 そして恐怖が少し。
「さすがに獣人、勘が良い。 良く見ておけよ、魔力はこう使うのだ」
ゆらりと、吸血鬼の体から漆黒の魔力が漂っている。
『
頭に残響する声と共に、吸血鬼は噴出した魔力に飲み込まれた。
ーーパンッ
そして魔力が弾けて消えた。
現れたのは大鎌を携える、仮面の女だ。
『死ぬ気で学べ』
副音声のような不気味な声に、蟹男は鳥肌が立った。
仮面の女とミクロがお互いにタイミングをうかがっていることが蟹男にも感じられた。 緊迫した空気に蟹男は息を忘れた。
そしてミクロは地面をけり出そうとしたその時、
彼女の首に鎌の切っ先が当てられていた。
蟹男には何が起こったのか全く分からなかった。
『そんなものか?』
「くそおおおおおお」
壮絶な死闘である、少なくともミクロにとってはだが。
蟹男は吸血鬼が暫定的に敵ではないことを知っている。
そして高次元の戦闘に頭が付いていけない。
(クソなんて汚い言葉、どこで覚えたんだ……)
故にどうでもいいことが頭に浮かんでしまう。
「山河さん!」
マルトエスが飛び込んでくるが、蟹男は受け止めきれず尻もちをついた。
「わ、悪い」
抱き合っているような体勢で蟹男は謝るが、マルトエスには聞こえていないようだった。
「無事で良かった。 本当に」
「うん、心配かけてごめん」
そして遅れてアリスたちもやってきた。
「怪我は……なさそうね。 良かったわ」
「せっかくの休暇に悪いな」
「何言ってるの! そんなのどうだっていいわよ!」
アリスはそう言って、視線を壮絶な戦闘を繰り広げている二人に移す。
「で、状況は?」
「うーん、師匠と弟子の実践稽古?」
「訳が分からないわ。 順を追って説明して」
ため息を吐いたアリスに、蟹男はこれまで何があったのか、これからの計画について話していくのだった。
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新作「さよなら、僕のHERO~正義の心が枯れたのでヒーローやめたけど、組織が説得のために送ってきた隊員がめちゃくちゃタイプだった~」を投稿しています。
本作のついでに読んでいただけたら嬉しいです。
(メインは職業商人を書いていきます)
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