第50話:不気味なダンジョン/対価


※※※



「一体何があったの……」


 千葉ダンジョンへと入ったアリスは目の前に広がる光景に呆然となった。


「凍ってる」


 モンスターはもちろんのこと、地面から壁、ダンジョンの全てが氷で覆われていた。


 氷雪地形のダンジョンは存在するが、そこにはきちんと地形に適したモンスターがいるものだ。


 しかしこの状況はまるで、


「誰かに攻撃されたみたい」

「そうね、でも外のモンスターはこの地形に適応しているモンスターみたいだった。 一体何が起こってるのよ」


 アリスは理解の及ばぬ事態に頭を抱える。


「とにかく先を急ぎましょう」

「ええ、待ちきれない子もいるみたいだしね」


 今にも単独で飛び出して行きそうなミクロを見て、マルトエスとアリスは頷き合うのだった。



***



「ふむ、世界が突然変わったか」


 蟹男はとりあえず吸血鬼が満足するまで話に付き合うことになった。


 彼女が異世界の住人であるとして、考えられる要因ーー世界がファンタジー化したことーーはその可能性が高い。 ただ彼女がどのようにして世界を渡ったのか、蟹男には全く見当はついていなかった。 しかし吸血鬼の彼女であれば何か分かるかもしれない。

 吸血鬼は物語のように相当長生きな種族らしいので。


「ふむ、わからん」

「じゃあ誰も分からん」

「そうか。 しかしまあこれも運命と思って受け入れるしかあるまいな。 世界の違いを思いつく限り教えてくれ。 あとおすすめの観光場所もな」


 この吸血鬼、異常に適応力が高い。 一旦できない事は置いておいて、完全にこの世界を楽しむ気のようだ。


「いいけど、暴れて人殺したりするなよ?」

「いや、そなたの中で吸血鬼はどんな悪辣な存在なのだ? 所によれば神扱いされるような種族だぞ? 光のエルフ、闇の吸血鬼とはよく言ったものだ」


 蟹男にとっては闇の時点で、なんだか悪そうな印象である。だが実際はそうでもないのだろう、彼女の主張が本当であればだが。


「まずこの世界は元々、魔法もモンスターもダンジョンも存在していなかった」

「なんと……」

「その代わり科学技術が発展していたが、それも今は昔ーー」


 この世界に変革が起きたことにより、一部科学技術の名残は残っているが、今となっては異世界に近い世界になりつつあること。


 観光については自分もあまり知らないが、自分がいた南東京、神奈川、それと比較的安全らしい東東京が良いということ。


 蟹男はスマホで調べながら懇切丁寧に話してやった。


「ふむ、解説ご苦労。 そうか、以前のままの世界を見て見たかったものだ」

「そうだな」

「ところでお主のその四角のはなんだ?」

「これはスマホっていう道具だ。 様々な情報の閲覧、連絡などができるこの世界じゃ必須のアイテムだよ」

「ふむ、欲しいな……」


 蟹男は思わず吸血鬼からスマホを隠すようにポケットにしまいこんだ。


「自分で買えよ?」

「ふむ………………」

「もの欲しそうな目をしてもダメなものはダメ!」

「そうか、仕方ない」


 素直に諦めた様子の吸血鬼は、突然蟹男の体を触り始めた。


「っなんだよ……?!」

「いや、細いなと思ってな。 そなたであっても、もう少し鍛えた方が良いぞ。 護衛が常についているならまだしも」

「は? 俺、お前に言ってないぞ!?」

「ああ、私は見えてしまう目なんだ。 盗み見たわけではないから許せ」


 吸血鬼と争うつもりは微塵もないが、もはやハッタリも利かなくなった状況に蟹男は焦る。 しかし当の吸血鬼は気にした様子もなく、思いついたように手を叩いて言った。

 

「ふむ、そなたに武術指南をしよう。 対価にその四角を私にくれ」

「はい?」


 まるで名案だとばかりに吸血鬼は言うが、蟹男は自身が強くなることは望んでいない。 正直、それは全く対価になっていない。 なぜなら、蟹男には普段ミクロが側にいるのだから。


「いや、俺護衛いるから! 必要ないから!」

「ん? 護衛……今もどこかで様子をうかがっているのか?」

「い、いや今はいないけど……」

「ハッ」


 吸血鬼は鼻で笑って――――嗤った。


「私が今、そなたを襲ったらその護衛とやらはどう守ってくれるというのだ?」


 この吸血鬼が悪ではないと、蟹男は思っている。

 だが味方でもないことは確かだ。


 冷静に、出来る限り自身の利になる選択肢を取るべく蟹男は考えて一つの名案にたどり着いた。


「分かった。 お前の指南を受けよう」

「おお、そうか!」

「ただし受けるのはお前の技術を見てから決める」

「うむ、それくらいは良いだろう」

「それと」


 異世界の強者かもしれない吸血鬼からの指南の機会。 これはきっと貴重なものだ。 それを自分が受けて多少強くなることよりも、もっと意味のあることがある。 蟹男は今ここにはいないが頼れる相棒を思い浮かべた。


「受けるのは俺じゃない。 うちの護衛を鍛えてもらう」

「ふむ」

「まあそもそもお前がそれに値するかどうかは――――」


 一瞬、吸血鬼の姿が揺らめいた。


 そう思った次の瞬間には、蟹男は地面に押さえつけられていた。


「お眼鏡にはかなったか?」


 そう言って嗤う吸血鬼はぞっとするほど美しく、そして心底恐ろしかった。


 蟹男は必死に声が震えないよう努めて言った。


「ああ、合格だ」

「ふむ、そなたを鍛えられぬのは残念だ。 意気だけは一流ぞ」

「それはどうも」 


(こんなのに鍛えられたらもたないっての)





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