第48話~閑話9~いなくなった蟹男



※※※



 夜、宿はちょっとした騒ぎとなった。


 宿泊客が消息不明となった、それはファンタジーが現実と化した今となっても不可解なものである。


「彼は今、スキルが使えない……マズいわね」


 アリスはマルトエスに叩き起こされ、状況を聞いても不安がつのるだけで思い当たるふしはなかった。


「最近、彼に変わったことはあった? 恨みを買うようなことは?」

「変わったことはなかったと思います。 それはなくもないですが、今回とは無関係かと」


 マルトエスは第三王女の試練で、間接的とはいえ蟹男の行動によって悪事を暴かれた男を思い浮かべるが即座に否定した。


「そう、手がかりはなさそうね……」


 打つ手がないまま時は過ぎて、空が明るくなっていく。


(私が気づいていれば)


 マルトエスは後悔して唇を噛んだ。

 他のメンツは心配そうにしていたが、ミクロだけは一心不乱にスマホを操作していた。


「見つけた」


 ミクロはそう言って見せる画面には、SNSに投稿された画像が写し出されていた。


『UFO発見!』


 その画像は夜空に浮かぶ二人の人型が写し出されていた。


 一人は抱えられていて、拡大してみると蟹男に見えなくもない。


『合成だろ』

『よくよく見ると片方抱えられてね?』

『事件の匂いがします』

『これどこ? 通報した?』

『通報してない。 場所は東京とだけ……ただ千葉の方へ向かって飛んでった』

『あんな人もダンジョンも何もないとこに何の用だろう?』

『実は住んでたりして?』

『雪女? 新種のモンスターかもな』


 コメント欄を確認して、ミクロが立ち上がる。


「どこに行くの?」

「主を助けに行く」

「……それが本物か分からないし、待ってたら戻ってくるかもよ? それに千葉の探索はかなり危険を伴うわ」


 そう言いつつもアリスは千葉への行き方を調べていた。


「だから? それは主を助けない理由にはならないよ?」

「二人じゃ危ないって言ってるの。 私たちも行くわ」

「それは助かる!」


 ミクロとマルトエスはまだこの世界の地理には詳しくないし、まず金を持っていない。

 いざとなったら走って行くつもりであったミクロは素直に喜んだ。


「助かるんだ……困ってたんなら、初めから言ってよね? あなたたちには色々恩もあるんだし」

「うん! 分かった、ありがとう!」

「無垢過ぎて辛い……」


 胸を抑えたアリスは荷物を取りに部屋へと急いで戻る。


「さあ行きましょうか。 もしも山河が帰ってきたらここに連絡をください」

「かしこまりました。 本当にご自分たちで行かれるんですね」


 こういう捜索は警察に任せるのが一般的だ。 しかし未だに逃げ遅れた人々や、モンスターに襲われた町への対処に手が回っていないことを思うと、自分達で行った方が早いし、確実なのだ。


「ええ、バタバタしてごめんなさい」

「いえお気をつけて」


 六人は蟹男を探すため、千葉へと向かうのだった。



※※※ 



 蟹男は凍えるような寒さで目を覚ました。


「ここは……」


 四方が氷で覆われた空間。

 吐いた息が白い。


 宿のベランダから突如誘拐され、空中を飛んでいるところまでは覚えている。


 最後の記憶は「少し眠っていろ」という女性の落ち着いた声と、首の痛みだった。


「なんなんだ一体」


 蟹男は首をさすりながらスキルを発動させようとして、


「やべぇ、今使えないじゃん」


 副作用中であることを思い出して、急に不安に襲われた。


「今なら逃げられる? スマホは……あれ? ない?」

「起きたか」


 女性の声に蟹男は跳ねるように顔を上げる。


 そこにいたのはペンキでベタ塗りしたかのような長い黒髪をたなびかせた、痴女だった。


 彼女はスマホを見せびらかせながら、嗤う。


「危害は加えん。 まあゆっくり話でもしようじゃないか」


 口元から鋭い犬歯が覗いていて、蟹男は全く安心できなかった。


 というか寒くて痙攣のような震えが止まらない蟹男は、もはや意識が遠くなりつつある。


「おっと、人間には寒すぎたか」


 彼女はそう言って屈むと、自分の影に手を沈めた。


「ほら」


 そしてズルルルとコートを取り出して、蟹男の方へと放る。


「お、ども……うわ! あったかあ」


 あまりの寒さに迷うことなく羽織った蟹男は、予想以上の暖かさに風呂に入ったような表情で息を吐いた。


「私はタクト・リア・オルゴール。 まあ察しの通り人間ではなく、吸血鬼だ」

「吸血鬼……?!」

「ああ、ただ怖がる必要はない。 人を襲って血を吸い殺す、吸血鬼モドキの魔物とは別物なのでな」


 怖がるな、と言われても無理な話だ。

 蟹男は寒さとは違う意味で震えそうになる。


「食うために俺を連れてきたんじゃないのか……?」

「ふん、危害は加えんと言ったはずだ。 そなたに少し話を聞きたくてな」

「だとしてもなんで俺なんだよ」

「たまたま通りかかったところにいた。 そこは運が悪いと思って諦めろ」


 吸血鬼はそう言って嗤い、そして真剣な表情で言った。


「聞きたいのだが、ここはどこなんだ?」

「どこって俺が聞きたいんだが?」

「ふむ、では言い方を変えよう。 そなたの暮らしている国は、先ほどまでいた建物のあった地名は?」


 蟹男は吸血鬼の質問の意図が分からなかったため、素直にそのまま答えた。


「国は日本だよ。 さっきのところは神奈川だけど……正確に言えば日本国の神奈川県、かな?」

「ニホンコク……カナガワ……聞いたことがないな」


 考え込む吸血鬼を見て、蟹男は一つの考えに思い至り、まさかと思いつつ尋ねた。


「お前、異世界から来たのか……?」


 ファンタジーと化した世界だ。

 その原因は不明だが、そんな不思議なことがあっても可笑しくない。 蟹男でさえスキルによって異世界と繋がっているのだから。


「ふむ、どうやらそのようだ」


 吸血鬼は納得した表情で言った。


「それで帰り道はどこだ?」

「いや……知らないけど」

「ふ、これは困ったな」


 そして全く困ってなさそうな様子で彼女は肩を竦める。

 

(話を聞くだけだよね? そう言ってたよね?)


 この後、起こり得る最悪の展開を想像して、蟹男は頭が痛くなるのであった。






閑章終

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これにて物語の第1部を完結いたします。


そして次回より、2部四章に入ります。


面白い、つまらないどちらでも構いませんので小説ページ下部☆より評価していただけると、執筆の参考になりますのでよろしくお願いいたします。


誤字報告してくださった方、

評価してくださった方々、

いつもコメントくれる方ありがとうございます。


余談ですが、

目標としていた十万字にたどり着けました!


読んでくださっている皆様のおかげだと私は思っています。

心から感謝いたします。


それでは引き続き本作をお楽しみくださいませ。


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