第3.5章~旅行気分と不穏な気配~
第46話~閑話7~仁義なき戦い
「本日はお集りいただきありがとうごうざいます!」
温泉宿にて、浴衣に着替えたアリスは高らかに言った。
「いや、なにそのテンション……?」
「ここに第一回卓球大会を開催することを宣言します!」
「一緒に卓球しようよってことでオケ?」
勝手にざっくり翻訳した蟹男をアリスは睨んで、咳払いをする。
「えー、ペアはくじで決めます。 形式は総当たり戦とします……そして優勝者には」
アリスはチケットを二枚取り出した。
「こちらの温泉宿に隣接する映画館のペアチケットを進呈いたします!」
「おお!」
「おー!」
わざとらしく驚いてみせた蟹男をミクロが真似をするが、場はイマイチ盛り上がらない。 映画館のチケットなんて予約すれば手に入るものだ。 とはいえこの手のゲームにそういう事実は言っても仕方ないだろう。
空気を読んで盛り上げるのが大人というやつだ、と蟹男は黙っていた。 しかし
「ちなみに映画館のチケットはアリスさんが買っていたよっ!」
「ちょっと! 光!」
あえて空気を読まず、顔を赤らめるアリスを楽しむ猛者がいた。
(百合かな……?)
蟹男は不埒な妄想を繰り広げている間に、くじ引きは終わった。
「よろしく……」
「よろしくお願いしますっ」
蟹男はペアとなった
(まさかこの子とペアになるとは……)
光は蟹男にとって唯一、直接的な関わりがない相手だ。
彼女が愛想が良いタイプなので気まずくはないが、まさかの事態である。
「ちなみに山河さんはスポーツはお得意ですかっ?」
「いや普通かな? でも一応元卓球部!」
「おお! これは勝ちましたかねっ」
蟹男がサムズアップして答えると、光は猫のように目を細めて喜んだ。
彼女はしゃべり、仕草、表情、容姿が蟹男にはあざとく見える。 しかし時々、笑顔に違和感を感じるのだ。 それは対面すると顕著であった。 まるで計算して作っているようなそんな印象だ。
(まあいい。 深く関わることもないだろうし)
蟹男が意識を切り替えたところで、さっそく試合が始まった。
「良い試合にしましょう」
「主~見ててね~」
初戦はアリス、ミクロペアと、
「よろしくお願いいたします」
「……」
マルトエス、藍ペアの試合だ。
結城くんは残念ながら余りを引いたので審判である。
「では試合開始!」
***
「試合開始!」
結城の合図でピンポン玉が宙を舞った。
(この人、山河さんとどんな関係なんだろう……付き合ってるのかな?)
舞花藍がぼんやりと考えながら打ち返した玉はコートに入ることなく、落ちていく。
「あ、すみません」
「お気になさらず。 謝らなくて大丈夫ですよ」
柔らかくほほ笑むマルトエスは大人っぽくて、包容力があって、それだけで性格の良さがにじみ出ているように藍は思えた。
(素敵な人だな。 お似合いだよね……私の入る余地なんてない、のかな)
藍が蟹男と会えるのは時々だ。 それに個人的にやり取りをしているわけでもない。
今のところ実る可能性のない片思いだ。
推しだからと、結城には言っていてもそれは藍が自分を納得させるための心の予防線にすぎない。
「あの」
「はい、どうされましたか?」
マルトエスの表情はまるで教え子に話しかけられた教師のようで、その余裕が藍は少しだけ悔しかった。
「……山河さんとお付き合いされてるんですか?」
「はぇっ? いえいえ! そんな滅相もない!」
「滅相って……ふふ」
マルトエスの予想外の慌てように藍は可笑しくなって笑った。
そして心の中でガッツポーズする。
「負けませんから……」
「そうですね! 勝ちましょう!」
藍が勇気を振り絞った宣言は、マルトエスには伝わっていないようだった。
(面白い人だな)
今までの完璧な大人といった印象が崩れて、藍は憎めない人だ、と思いつつ一人対抗意識を燃やすのだった。
***
「優勝は山河、光ペアです! おめでとう~」
卓球大会は元卓球部の容赦ない活躍により終わった。
「わーい、大人げない元卓球部さんのおかげですっ」
「悪意しか感じない……悪いとは思ってる」
久しぶりの卓球が楽しくて止められなかった蟹男は気まずげにしつつ、景品であるチケットを受け取った。
「それ、良かったらあげますよっ」
「へ?」
勝ったのは嬉しいが、光と二人で映画かと少しだけ憂鬱に思っていた蟹男は彼女の提案に驚いた。
「いいの? 光?」
「はい、さすがに男性と二人きりっていうのは嫁入り前の乙女として……」
「あなたそんな貞操観念だったかしら?」
「そうなんですっ!」
「ええ、じゃあ悪いけどありがたくもらうよ」
蟹男は失礼ながら安堵しつつ、ミクロとマルトエスを見比べて言った。
「映画観たい人ー?」
「みたいみたい!」
「私も見たいです」
ミクロはまだしも、いつもなら遠慮しそうなマルトエスがはっきり言うなら相当映画館というものが気になっているのだろう。
特段映画好きというわけでもないので、蟹男は二人にチケットを差し出す。
「じゃあ二人で行っておいで」
蟹男はそう言って、映画館へと二人を連れて行くのだった。
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