第44話:宿と鈍い男
海で遊び疲れた蟹男たちは、予約していた温泉宿にやってきていた。
「こんなのいつぶりだろ」
拠点に帰っても良かったが、旅行気分を存分に味わうなら絶対こっちとアリスに激押しされたのだが、来て良かったと蟹男は思った。
なぜか費用は全額アリスが出してくれた。 というより出さしてくれと懇願され蟹男が折れた形だ。
結城には別のお礼をしないければと、蟹男は考えるが未だいい案は浮かんでいない。 彼を連れてマーケットで買い物してもらえれば一番良いが、マーケットには商人の所有物しか持ち込めないのだ。
振りではあるが、一時的に蟹男の所有物になるなんて普通は嫌だろうし、そもそも方法がない。
「カラオケに、卓球もあるみたいですよ」
「へえ、昔と変わらないな」
「からおけ? 卓球は確か球技スポーツでしたよね」
「そうそう、カラオケは歌を歌うスタジオって感じかな? 伴奏が流せるから気軽に行ける、娯楽の一つだよ」
相変わらず日本の文化に興味津々なマルトエスは、いつにも増して楽しそうで蟹男は嬉しくなった。
王女との試練が終わって以来、感謝はされた。 嫌われているわけではない。
けれど彼女の態度がなんだかよそよそしいように蟹男は感じていたから。
「ねえ、みなさん部屋割りどうしよっか?」
受付していたアリスに聞かれて、蟹男は初めて『男女で別ける』という方法もあるのかと思い至った。
蟹男たちとアリスたちはそれぞれ別グループだ。
それに蟹男は元々はマルトエスとミクロが異世界人であるとばれないように立ち回ってきた。 深い考えあってのことではないが、今も積極的に教えるつもりはない。
ただアリスたちはさすがに信用できるし、ここでは早々危険なことはないのだろう。
(たまにはそういうのもいいか)
蟹男がそう思った時、耳を赤くしたマルトエスが袖をつかんできた。
「……今夜お話があります。 ですのでできれば同室でお願いいたします……」
マルトエスのお願いなんて相当珍しい。
蟹男は嬉しく思いつつ、そういえばそろそろ彼女との契約更新の時期でもあるので少し不安になった。
「俺たちは三人一部屋で頼む」
「……仲いいわねー。 分かったわ」
「話ってなんだろうか……」
風呂につかりながら蟹男は呟いた。
「ああ~、どうしたんですか~、悩み事ですか~」
「結城くん、意外とおっさん臭いね」
「いや、なんだかんだ温泉なんて久々でつい」
風呂に浸かりながらとろけた声を出す結城は、ドラゴンスレイヤーには見えない。 むしろちょっと老けて見えた。
ハーレムに見える結城も色々苦労してるんだろうな、と蟹男は勝手に想像した。
「恋話的なあれですか??」
「……なんで食い気味なんだよ。 違う違う。 なんていうか、あー」
マルトエスとの関係は簡単に言えば奴隷と主人となる。 しかしこの日本でそんなことを言えば、たとえ両者合意であったとしても軽蔑は必至だろう。
「例えばだけど好きな女の子が国に帰るって言ってて、こっちとしてはずっといて欲しいけど、止められないしなあ……みたいな?」
「なるほど」
蟹男がマルトエスを好きであることは確かだ。
その感情が親しみなのか、恋なのか鈍感な彼は明確に分かっていないが、概要は間違っていないだろう。
「マルトエスさんとミクロさんどっちも美人ですもんね~。 これは悩みますね」
「いや、あくまで例えね?」
「ご安心ください! この世界は今や一夫多妻制となっております!」
突然のテレビショッピング風の口調に蟹男は笑いつつ、驚いた。 蟹男はネットにあまり興味がないので、かなりの情報弱者であった。
おそらくマルトエスやミクロの方が世常について詳しいかもしれない。
「ハーレムしましょ! ハーレム!」
「なんでそんなハーレム押しなの?! 結城くんはハーレムに憧れてるの?」
「全然です! 面白半分で勧めてます!」
「たち悪いな……」
ハーレム、恋人、結婚、蟹男はそんなこと考えてもいなかった。
こんな世界になる前は三十路ながら、婚活なんてしたことはなかった。 相手は欲しいが、自分から頑張るほどでもないと言いつつ、いつか相手が突然現れると漠然と思っていたのだ。
(二人は俺のことどう思ってるのかな? 俺はどう思ってるのかな?)
改めて考えるも蟹男はやっぱり分からなくて、拗ねたように深く湯に沈んでいくのだった。
「顔つけるのはマナー違反ですよ」
「うるさいやい!」
蟹男は結城を睨み付けて、深いため息を吐いた。
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