第42話:天晴れ/過去の精算
「試練内容の変更は受け付けておらんぞ」
怪しげな店で店番していた王女は鼻を鳴らしてそう言った。
「いや、その必要はそもそもない」
蟹男たちはせっせと店内の商品を勝手に動かして場所を作った。
「なんじゃなんじゃ?」
突然の奇行に驚いた王女に説明することなく、蟹男はアイテムボックスから首を取り出す。
ーードンッ
「ななななんじゃこりゃあ!?」
「ドラゴンの首持ってきたぞ」
淡々と事実を告げる蟹男の後ろでマルトエスが
「ドラゴン……?」
「ああ、ドラゴンだ」
「お主が倒したのか?」
「俺と何人かで」
「そうか、そうかえ……」
王女はゆらりと蟹男に近づき、深紅の瞳でじっと見つめーーふっと笑った。
「天晴れ」
「え?」
「天晴れじゃと言うておる。 生きている間にドラゴンスレイヤーの誕生に立ち会えるとは、なんとも幸運なことじゃ」
「はあ」
やたら上機嫌というか夢見心地の王女に蟹男は、どう反応して良いか分からず生返事を返した。
「お主、分かっとらんようじゃがドラゴン討伐とはそれはそれはスゴいことなんじゃ」
「そうらしいな」
「もしもお主が我が国の民であれば、勲章もしくは爵位を与えられるかもしれん。 吟遊詩人は歌い、後世に語り継がれる物語となるやもしれん。 それくらいスゴいことをしたんじゃ、お主らは」
王女がそう言ってフードを取ると、群青に赤が混じった不思議な髪色の長髪がふわりと広がった。
「試練クリアおめでとう。 お主らの願い、この第三王女ハイディア・デルタが叶えると約束しよう」
「ルナールの願いを」
「あいわかった」
蟹男がルナールに水を向けると、彼女は涙を浮かべて笑った。
「本来ならばあなたに贈られるべき大切な機会を使っていただいて、感謝いたしますわ。 足りることはないでしょうが、このご恩は一生をかけて返させていただきます」
「いや、別にいいよ。 マルトエスのためでもあるからさ」
「話はまとまったようじゃの。 では行くぞ」
そう言って店を出ようとする王女を、蟹男は慌てて尋ねた。
「行くって、どこに?」
「もちろん願いを叶えに、元凶のところじゃよ」
***
「さて次はどの娘にしようか」
とある学園の校長を務める男は醜悪な笑みを浮かべて、在籍する生徒のリストを眺めていた。
男にとってこの学校は自分の国であり、自身は王だった。
誰も男に逆らうものはいないし、いれば家の力で排除していく。 そうやって男は罪を重ねてきた。
しかし優秀なものは去り、精神を病んで人生を歪まされた者もいる。 この学校は緩やかに崩壊へと向かっていた。
ーーコンコンコンコン
「なんだ一体? 騒がしい」
いい気分を邪魔された男は苛立たしげに、入ってきた取り巻きの教師を睨み付ける。
教師は飄々として掴み所がなく、しかし仕事が早く、逆らわないので重用していた。
そんな教師がびっしょりと異常な汗をかいて、ひどく慌てた様子なことが男は気になった。
「何かトラブルか?」
「はい……お客様です」
「きゃくぅ?」
なんだそんなことか、と男は拍子抜けの気分だった。
「誰だ、アポもなしにやってくる失礼な輩は?」
「それはーー」
教師が言い終わる前に、校長室へ見知らぬ四人の男女が入ってきた。 そして特徴的なグラデーション色の長髪の女が笑いながら言った。
「その輩とはわらわのことよ」
その髪色には見覚えがある。
王国の民なら誰もが知っている。 それは王族の血が流れる者に現れる高貴の証。
「第三王女ハイディア・デルタが王様気取りのアホに引導を渡しに来たのじゃ」
(ふざけるな! 俺は終わらない! ここは俺の国だ!)
全て知られてしまっているのだろうと、悟った男はちょうど見知った人物を見つけて怒りの矛先を向けた。
「マルトエス、貴様ぁぁぁぁあ!」
そして王女と共に入ってきた男の後ろに隠れた見覚えのある女。
見当違いの怒りに震える男に、王女は呆れたようにため息を吐いた。
「狂人か……もう良い。 お主の罰をここに伝える」
異世界にも法は存在する。
しかし一国の王の言葉は、王族の言葉はそれを越えた力がある。 つまり王女の言葉がここでは法なのだ。
「貴様は学校を追放。 被害者への賠償金支払いを命じる。 支払い終えたところで処刑とする」
「ふざけるな! そんな滅茶苦茶通ってたまるか! ここは俺の国だぞ!」
「騎士たちよ、この愚か者を連れていけ」
後ろからやってきた数人の騎士によって男は連行された。
「これにて一件落着」
王女はそう言って、どうだと言わんばかりの表情で笑う。
「これで満足かの?」
「うん、ありがとう」
※※※
※※※
あれよあれよと言う間に問題は解決した。
(あんなに強大に思えたのに)
奇声を発しながら騎士に連れていかれる元同僚の男が今は小さく見えた。
私には越えられなかった試練を成し遂げた人。
面倒が嫌いで、戦うことが嫌いな普通の人。
そんな人がどうして、ドラゴン討伐なんて引き受けたのか、そもそもこの問題に首を突っ込んできたのか。
深いところまでは分からないが、マルトエスという存在が一因であることは確かだ。
(ああ、そんなの抗いようがないじゃないですか)
女心なんて分からなくても関係なかった。
恩よりも熱く、愛よりも鮮烈な感情がマルトエスの中で芽吹き始めている。
(憂いは晴れました。 私たちの関係を変えるには丁度良いタイミングかもしれませんね)
マルトエスは自身を守るように立つ、自分にとって勇者で英雄である男の背中をじっと見つめ続けた。
※※※
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