第36話:実験/新スキル




「さてどうするか」


 オニキスの店で購入した三つの奇妙な果実を並べて蟹男は悩んでいた。


 脳内予定では、一個は結城に使ってもらうことは確定している。


 しかしいきなりこの怪しげな果実を、結城に使わせるのは気が引ける。 せめて心から副作用はあるけど大丈夫、と言える状態でありたい。


 そうなると自分か、


「なにこれ、食べていいー?」


 身近な誰かを実験台にするのが手っ取り早い。


「…………いや、ダメ。 これは俺のお薬だから」

「ふーん」

「あの、よろしければ私が試しましょうか?」


 色々と察したマルトエスが申し出てくれるが、蟹男は首を横に振った。


「大丈夫! ただ一応、後は頼んだ」

「はい、承知しました……どうかご無事で」


 大袈裟に言うマルトエスに頷き返して、蟹男はその果実にかじりついたーー


「お」

「お……?」


「俺は最強だあああああああああ」


 未だかつてない解放感と全能感に蟹男は満たされていた。


「ドラゴン? そんなの楽勝だぜ!」

「楽勝だー!」


 今なら不可能はない、蟹男は本気でそう感じていた。


「まずは俺様の新スキルをお披露目だ!」

「おお!」


 蟹男はあふれ出る衝動のままにスキルを使用する。


『山河商店が開店しました』





ーーその日、日本中の人々の視界にホログラムが表示された。





***



 アリスは目の前に現れたホログラムに驚愕した。


「何これ……やまかわ? 商店?」

「この世界が変わった時、職業を選んだ時を思い出しますね……」





 未だ南東京で蟹男の帰りを待つ鮫島は、


「山河……山河さんっすか? いやまさかっすよね……ところであの人はどこで何をやってるやら」


 遠くを見つめて息を吐いた。



 


「総理!!」

「ああ、これのことだろう?」

「山河商店……これは一体」

「今度は何が起きるのか……もう勘弁して欲しいものだ」


 色々あって対応疲れた日本のトップは傍観の眼差しで、ため息を吐いた。



***



『店舗を設定してください』


『商品を登録してください』


『商談スペースを設定できます』


 新しいスキルの情報が蟹男の目の前に表示された。


「俺の中でプランは出来ている」


 蟹男はやたらキメ顔で言った。


「はあ、左様ですか」


 別に聞いてねえよーーマルトエスは引き気味で相槌を打った。


 スキル、マイマーケットはその名の通り、自身の店舗を場所にとらわれることなく構えることができる商人にとって、究極のスキルである。


「まずは商談スペースを開くぜ!」

「おお!」


 商談スペースは蟹男が欲しいもの、売り出したいものを特定の相手と交渉できる特殊なスペースだ。


『欲しいモノ:ヘリコプター、ダイナマイト』


 蟹男はハイなテンションで思いついたドラゴン討伐のプランを実行するためスペースを開いた。 後は商談に乗る相手が現れ、その交渉次第だ。


「空を飛ぶぞ~」

「飛ぶよ~」

「ああ、止めるべきなのでしょうか……私にはどうすれば良いのか分かりません」


 能天気な二人と対照的に、どんどんと進んでいく事態についていけないマルトエスはもはや悟りを開いたような穏やかな表情をしていた。


「よし、じゃあ作戦に必要なものを取りに行くか!」

「一体何を取りに行くんですか……?」


 マルトエスがおそるおそる尋ねると、蟹男は笑って言った。


「高層ビル」

「はい……?」

「だから、でっかい建物のことだよ」

「それは分かっているのですが」


 マルトエスは自身の主ながら、彼は正気ではないと感じた。 彼女はただ早く果実の効果が切れることを願うばかりであった。





「よーし、ついた」


 蟹男の運転でビルの立ち並ぶ都心へと三人はやってきた。


 普段ですらグロッキーになるマルトエスだが、荒さの増した道中だったため大変なことになっていた。


「マルはそこで休んでてて」

「ああ、うう」


 言葉にならない返事を聞いて、蟹男はビル群を眺める。


 一部破壊されているが、案外かつてのままきれいに残っているその景色はほんの少しノスタルジーに感じる。


「さって、ちゃっちゃと終わらせますか」


 蟹男はそう言って、ビルの一棟を、


『収納』


 アイテムボックスにまるごとしまい込んだのだった。



***



「まいどあり~」


 オニキス・アパは自身の発明が売れない理由を理解していた。

 誰でも未知のものは怖い。 そしてメリットに伴ってデメリットが付属している商品も多いためだろう。


 初めは疑似ダンジョンを、そして二回目は覚醒の果実を買って行った男の背中を眺めながら、オニキスは彼にとってそれが役に立てばいいと思う。


 発明とは好奇心から生まれるものだが、その根源には誰かの役に立ちたい、助けになりたいという想いも存在するから。


「真実の実を原料に造られたその果実は、使用者の心を開放する。 その副産物としてスキルが覚醒する。 効果は三日持続するが、その後一週間はスキルが使用できなくなる諸刃の剣……」


 男の使用用途までは知らない。


 それでも何かしらの役に立つことをオニキスは願う。


「さーて、工房に戻って研究を続けようかね」


 蟹男から見たオニキスという男はイカレタ科学者というイメージであった。


 しかし彼を見送るその瞳には少年のような無垢と知性が宿っている。




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