第35話:作戦会議/一筋の光明



 ルナールの家に帰ってきた蟹男たちの空気は重い。


「ドラゴンか……現実的にどうなの?」

「ここにいる戦力だけではまず不可能でしょう。 ドラゴンはこちらの世界でも最強種で、討伐する状況次第では歴史に名を刻む偉業ですよ」


 マルトエスに即答されて、蟹男はため息を吐く。 異世界であってもやはりドラゴンはドラゴンであった。


「ルナ、どれくらい戦力を集められる?」

「男爵家の兵士を幾人か、後は冒険者ギルドに依頼をかけるくらいでしょうか……」

「そう。 他の方法を探った方がいいかもしれないわね」

「はい、先生。 せっかく第三王女様に会わせてくださったのに申し訳ありません……」


 完全に諦めムードの中、蟹男は熱心にスマホを見つめるミクロの手元を覗き込んだ。


「何見てるんだ?」

「ドラゴン!」


 画面に映っていたのは確かにドラゴンであった。 というか以前見た鮫島がドラゴンにぼこぼこにされた動画だ。


「ダウンロードしてたのかよ……というかもしかして……?」

「ドラゴンと戦うの楽しみー!」


 ドラゴンと戦うにあたって気を付けるべきは、空を飛ぶこととブレスだろうか。 そもそも巨体というだけで充分脅威ではある。


 目をキラキラさせるミクロは頼もしい限りだが、蟹男はどんなに悩んでも現実的に不可能としか思えなかった。


「ドラゴンの首を落とすのがそもそも難しそうだしなあ」

「ドラゴンの鱗は鉄よりも硬いと言われています。 魔法的な強攻撃が必須でしょうね」


 ミクロの爪による斬撃は確かに強力だが、ドラゴンを倒せるほどの一撃性はないように思えた。


「勇者ならそんなスキルあんのかなあ」


 蟹男は結城を思い浮かべながら言った。 豚面に力負けしていたが、職業のイメージだけでいえば一番強そうなのは彼である。


 蟹男の言葉に驚いたルナールが興奮した様子で言った。


「勇者様とお知り合いなのですか?! それなら」

「いや勇者といっても、こいつより弱いよたぶん」


 蟹男はミクロを指して言うが、ルナールは首を振った。


「ミクロさんがどれだけ強いのか知りませんが、勇者様が劣るとはにわかには信じられません。 勇者の職業を得たものはほぼ例外なく歴史に名を刻む英雄となっています」

「いやでも実際……なあ?」


 蟹男はマルトエスに同意を得ようと視線を向けるが、


「勇者は特殊な職業であり、時に覚醒することがあるとまことしやかに囁かれているのです」

「結城くんが覚醒すれば、ドラゴン討伐もできるかもって?」

「……可能性はなくもないかと」


 可能性はあっても確実ではない。 そのうえ、非常に危険な依頼となるだろう。 身内ならまだしも、他人を巻き込むにはリスクが大きすぎる。


「もう結構です」

「ルナ?」

「不可能であることは分かり切っています。 これ以上先生を困らせるには心苦しいですから」


 ルナールが泣き笑いの表情で言った。 こっちが心苦しくなってくるが、できないことをいつまでも話していても仕方ない。 切り替えよう、と蟹男は息を吐いた。


「ドラゴンはー?」

「戦わないよ」

「えー、ぶうぶう」


 不満そうなミクロに癒されつつ、蟹男は席を立った。


「それじゃあ、俺たちはお暇するよ。 お役に立てなくて申し訳ないね」

「いえ、このような機会をいただいたことだけでもありがたかったですわ」


 そうして蟹男たちはルナールと別れ、マーケットへ帰るのだった。





「ごめん」


 当てもなくマーケットをぶらついていた蟹男は唐突に言った。


「謝らないでください。 主様は全く悪くないのですから……悪いのは元凶の奴と無茶な試練を提案するあの方ですから」


 マルトエスが本心からそう言ってくれてることが、蟹男には伝わった。


 颯爽と活躍する予定だった蟹男は悔しいやら、惨めやらで、気分が晴れることはない。


「やあやあ、お兄さん! 久しぶり!」


 すると通りがかった店からそんな声がかかった。


「……ああ、お久しぶりです」

「うんうん、私の発明品はどうかな?! 使ってくれてるかな?!」

「あ、はい。 すごくイイです」


 第二の安全地帯、擬似ダンジョンの創作者であるオニキス・アパは相変わらず圧が強かった。


 蟹男は表情をひきつらせながら、彼の新発明品のプレゼンを聞かされている。


「これ! これ見て! すごくない?」


 オニキスはそう言って七色の気色悪い物体を蟹男に見せた。


「これは……?」

「これはね、スキル覚醒の果実。 ちょっと表では売れないものだけど」


 非常に不安を煽る言葉が聞こえたが、それ以上に興味を引かれた蟹男はオニキスの肩を掴んだ。


「お話……詳しく聞かせてくれます?」

「おお! さすが! 君は話が分かる男だね!」




 嬉しそうに語るオニキスの話を聞きながら、蟹男は、


(もしかしたら……この試練、乗り越えられるかもしれない)


 と計画を練り始めるのだった。


 



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