第34話:第三王女


 街中の入り組んだ路地にある怪しげな店。


 第三王女に会わせるとマルトエスは言っていたが、寄り道だろうかと蟹男は首を傾げた。


「ここです」

「ここ……?」


 店内は薄暗く、統一性のない商品がごちゃっと並べられていた。 奥で本を読む店主はフードを目深にかぶっており、怪しさに拍車を掛ける。


 マルトエスは店主の前に置かれたベルを鳴らした。


「いらっしゃい。 何かご用かえ」


 古くさい口調で、しかしそれは想像よりも若々しい声であったことに蟹男は驚いた。


「私です。 マルトエスです」

「……クク、久しいのう」


 店主はフードから目を覗かせて、嗤った。


「また金の無心か?」

「いえ、今回用があるのはは私ではなく私の教え子です……元ですが」

「お初にお目にかかります。 私はーー」


 ルナールの言葉を遮って、店主は本閉じて腰を上げた。


「よい、ポピアの娘だろ。 まあ用件も大体察しが付いておる」

「そう、なのですか……ならば」

「なぜ王家は対処しないのか。 未来を担う子供たちを蔑ろにすることは、確かに国家に反する行為と言えるだろう」

「だったら!」

「そのような細事に動くほど我々は安くはないし、暇でもない。 貴族に平民がしいたげられるなぞ、昔から良くある話であろうよ」

「っ……」


 悔しさか、失望か、ルナールはこらえるように唇を噛み締めた。


「しかしもしも試練を越えた勇者の言葉ならば、彼岸の向こうにも届くだろう」


 店主は両手を広げて嗤う。


「細かい話は良い。 願いがあるならば試練を越えてみせよ。 さすればその願いこの第三王女ハイディア・デルタが叶えてしんぜよう」


ーーぐぎゅるるるぅぅぅ~


 誰の音か、蟹男が見るとミクロは首を横に振った。


「叶えてしんぜよう、ですか」


 マルトエスが呆れた笑みで見つめる店主は、顔を真っ赤に染めて自身の腹をポコポコと叩く。


「くっバカ腹め……全くタイミングの悪い」

「そんなキャラでもないことするからエネルギーを使ったのでは?」

「うるさいのう。 我にそんな口を聞くのもなかなかおらんぞえ」


 緊迫した空気は霧散して、マルトエスと店主は親し気に会話する。


「私もお腹すいたー」

「あのここ飲食大丈夫ですか?」

「ん? 我の御前で喉を通るなら好きにせよ」


 ミクロにねだられた蟹男は、アイテムボックスからひし形のクリスタルを取り出した。


「さて、今日は何が出るかな?」

「でるかな~!」

「お主らそんなもん食うのかえ? よほど歯が硬いんじゃの~」

「ツッコミどころはそこなんですか……」


 二つのクリスタルが割れ、現れたのは巨大パフェとハンバーグ定食。


 じゅうじゅうと肉汁弾ける肉の暴力的な匂いが、店内に一気に広がる。


「料理かえ? 旨そうじゃな……」


 店主、改め第三王女ハイディアの熱心な視線に耐えられなかった蟹男は、結局人数分のクリスタルを差し出した。


「何が出るかは運次第です。 可笑しなものが出ても文句はなしでお願いします」

「もちろんじゃ! さあ出でよ!」


 食べたい物を選べれば良いのだが、クリスタルにはタグも目印もない。


(まあそう可笑しなものは出ないと思うけど)


 変なものが出て、協力者である第三王女の機嫌を損ねることは避けたいが果たしてどうか。 蟹男は固唾を飲んでハイディアのクリスタルの行方を見守った。


「お……???」


 現れたのはパック詰めされた黒い塊。


 そう、それは緑茶と一緒に食べると美味しい。 涼やかな詫びさびの黒いアレである。


「まさかの羊羹……」

「なんじゃこの変なのは? 食いもんなのかえ?」

「私の故郷のデザートですね」


 蟹男であれば素直に喜べるが、日本食ビギナーにいきなり羊羹はハードルが高いのではないだろうか。


「……交換しますか?」


 蟹男がそう言って巨大パフェを差し出そうとするが、ハイディアは首を横に振った。


「文句は言わぬと言った。 我が約束を違えることはない。 それにこれも美味いのであろう?」

「ええ、まあ私は好きですが」

「ではいただくとしよう……少し勇気がいる見た目ではあるが」


 ハイディアはおそるおそる鷲掴みにした羊羹を口に入れる。 そして目を見開いた。


「これはーーーー



ーーーー甘いのう」


 ほにゃりと表情を和らげるハイディアを見て、蟹男は胸を撫で下ろす。


「そういえばお主、何者なのかのう? 未知の魔力を感じるんじゃが」

「私は異世界人です」

「ふむ、それでいて商人か。 マーケットを通してこちら側へ来た、と。 分かってると思うがーー」


 ぱくぱくと、羊羹を平らげたハイディアは鋭い視線を蟹男に向けて釘を刺す。


「あまり好き勝手するなよ。 度が過ぎれば対処することになるゆえ」


 王族モードなのか蟹男はハイディアに気圧されて、こくこくと頷くことしかできなかった。


「お主のことは嫌いではない。 この食事の礼に、は許そう」


 特段、蟹男は異世界ではっちゃけるつもりはないが、知識をひけらかすなど物語でありがちなことはしないでおこうと心に誓うのだった。


「ところで試練の内容は……?」


 ルナールの言葉で、ハイディアは本題を思い出したのか咳払いする。


「試練はそうじゃの」


 ハイディアはなんてことなさそうに言った。


「ドラゴン討伐」

「は?」


 ルナールは理解できなかったのか、したくなかったのか気の抜けたような声を出した。


「ドラゴンの首を我の前に持ってこい。 それができたら協力しよう」


 ここにいる四人のうち、まともに戦えるのはマルトエスとミクロくらいだろう。 商人の蟹男なんてもっての他だ。


(あれ、無理じゃね?)


 マルトエスのために全面的に協力しようとしていた蟹男であったが、少くとも自身は役に立たないことが確定してしまうのであった。




 


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