第3章~異世界と第三王女の試練~
第33話:ルナールとマルトエス/過去
「ここが異世界……?」
三階執務室のカーテンを店主が開けて、景色を店くれたが蟹男は想像より感動が薄いことに首を傾げた。
「街中はマーケットと大して変わりません」
「なるほど」
マルトエスに言われて納得した。 あと異世界といえばダンジョン、モンスターだろうが、今の日本にはそれらが存在している。
「あれ? あんまり代わり映えはしない?」
「ですね。 大きく違うところは文化、法や人種くらいでしょうか」
「そっかー」
肩透かしな気分になりつつ、蟹男は店主に見繕ってもらった服に着替える。
「よろしければ奥で休んでいきますか?」
「いえ、外を見物がてら回ろうと思います」
やたら世話を焼いてくれる店主に別れを告げて、蟹男は異世界の街へ出た。
「まずは……どうしよう? 宿の確保?」
「それでしたら我が家にお越しください」
マルトエスとミクロに尋ねたつもりだったが、答えが返ってきたのはルナールからであった。
「我が家?」
「申し遅れました。 私、ルナール・ポピア男爵家長女でございます」
「へ?」
蟹男の中で貴族のイメージは横柄で偉そうだったため、丁寧な言葉使いのルナールが高貴な方だとは思いもよらなかった。 それに服装がーー
「私の職業は治癒師でして、教会に就職しているので」
「なるほど」
蟹男の視線に気づいたルナールが、やたら裾の短い法衣を揺らして言った。
ルナールに連れられて蟹男たちは異世界の街を歩く。 すれ違う人々は人種も様々で、ようやく蟹男は異世界に来たんだと実感できた。
しばらく歩いて、街中に設置された門をくぐり、大きな屋敷の前でルナールは足を止めた。
「「「おかえりなさいませ、お嬢様」」」
「「「ようこそ、お客様」」」
リアルメイドを目の当たりにしたミクロは、なぜか蟹男の背中に体を隠した。
応接室に案内されるが、ミクロと蟹男は慣れない雰囲気に緊張していた。 しかしマルトエスは平然とティーカップを傾けている。
「様になってるなあ」
「先生のご実家も名家ですから」
「そうなの?! 聞いてないよ!」
「職務に不要な情報だと判断したので、わざわざ報告する必要もないかと」
名家ということは、マルトエスは貴族ではないがそれなりに名の知れた家の生まれなのだろう。 確かに思い返してみると、彼女は仕草に品があるというか、育ちの良さはにじみ出ていたように蟹男は思った。
大人の女性だからと蟹男は深く考えなかったが、腑に落ちる話だ。 しかしならば金はあるはずなのに、どうして召喚獣なぞやっているのかという疑問は深まるばかりである。
「何も話していないのですね。 それなのに協力してくださるなんて、先生はとても良い主に巡り合ったようで、不幸中の幸いというやつですか」
「……分かってるわ。 主様、つまらない話になりますが聞いてくださいますか?」
ルナールのチクリとした言葉に、マルトエスが大きく息を吐いた。
「私はとある魔法使いの名家に三女として生を受けましたーー」
ーー幼い頃より、魔法が好きだったこと
ーー才能はなかったこと
ーーそれでも魔法に関わる仕事をしたくて、教師となったこと
ーー人に教える楽しさを知ったこと
ーーそんな満たされた生活が、転勤してきた一人の講師によって全て壊れたこと
「食事の誘いを断ったことで、私はその男に目を付けられました。 貴族だった男に当時の校長も強くはいえず、ある日ーー」
ーー男に襲われかけたこと
ーーその際、思わず魔法を放って抵抗してしまい怪我を負わせたこと
「正当防衛だろ、そんなの!」
「はい、ですが日本と違ってこの世界において貴族の発言力は強いんです。 私は一方的に男を魔法で殺そうとした、という無実の罪を着せられました。 後は講師を解雇され、おまけに賠償金まで発生してしまい、召喚獣となり今に至ります」
「……そんなクソ野郎が今や校長になってるって?」
「はい、やりたい放題ですよ。 私の友人も被害にあいました」
淡々と話すマルトエスの表情は氷のように白い。 怒りか、恐怖か、屈辱か、それとも全部か。 彼女が今何を考え、思うのか蟹男には想像もつかない。
しかし蟹男はマルトエスの主として、友人としても、腸が煮えくりそうな想いだった。
「……さて、概要は理解した。 君の話を聞かせてくれ」
きっとルナールの抱えるトラブルを解決することが、マルトエスの雪辱を晴らすことにつながるはずだと蟹男はいつになく真剣な表情で言った。
「あいつは学校という限定された世界を支配しているんです」
「気に入らない生徒は徹底的に、それこそ家の力も使って追い込んで退学させる」
「女生徒は性奴隷としてしか見ておらず、成績や推薦状をちらつかせて強引に行為に及ぶ」
「学校のお金を使いこむ」
「彼が校長となってからどれだけ未来ある生徒が潰されてきたことか」
魔王のような悪ではない。
しかし被害を受けた各々にとってはどれだけ怖くて、悔しい想いをしたか。
「外道が」
「っ……それは告発できないのかな?」
それになにより蟹男は怒りに震えるマルトエスの気持ちを晴らしてやりたかった。
「できません。 彼の実家は伯爵家です。 根回しもされてしまっていて、どうにかするなら殺すか、より高位の貴族の協力を得るか……ですがどちらも難しい」
高位の貴族と縁を結ぶというのは、日本でいう天皇と知り合いになるようなものだろうかと蟹男は想像し、確かに難しいと納得した。
「できれば先生にお知恵をお借りしたく」
「そうですか……一人協力者に心当たりがあります」
マルトエスは苦虫を潰したような表情で言った。
「癖はだいぶ強いですが、会ってみますか?」
「それは一体……?」
「第三王女様です」
名家であるマルトエスと、その王女がどんな関係かは分からない。 しかしそんなビッグネームと知り合いなら、当時すでに頼っているはず。 蟹男の疑問の答えはすぐに返っていた。
「ちなみに私は以前、彼女の協力を取りつけられませんでした」
「どうすれば良いのでしょうか? 私にできることならなんでもいたします」
「彼女の出す試練を越えること、それが条件です」
第三王女の試練がどんなものなのかは毎回変わるらしい。
そのため会ってみなければ、始まらない。
「やります。 先生、やらせてください」
ルナールは即答でそう言った。
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