第32話~閑話6~マルトエスの独白/異世界
***
特別な物語なんてない。
ありふれた話。
もうすでに割り切った話だ。
しかし時々思い出して、苦しくはないが嫌な気分にはなる。
「初めまして、私ルナールとーーえ? 先生……?」
そしてかつての教え子との再会が、私が教師をやめ召喚獣となった原因を、記憶を鮮明に呼び起こしたーーーー
『君、評判いいよ頑張ってね』
『今度食事にでもいかないかい?』
『は? 私の誘いを断ると? 貴族であるこの私の! どうなっても知らんぞ!?』
『そうか、退職するのか。 お疲れさん』
『こちらが今回発生した賠償金となります』
『久しぶりだな。 ずいぶん金に困っているようじゃないか……助けてやろうか?』
男女の痴情のもつれ、そして逆恨みというよくある話だ。
それがたまたま被害者が私だったというだけ。
職も家族も、想像していた未来も、全て運悪く失った。 それだけの話ーーそう諦められていたはずなのに。
「そう」
「それであいつはどうしてる?」
「……実はあいつ校長になったんです」
「は?」
耳を疑った。
あんな人のことを何とも思っていないクズが、子供たちに学びを提供する機関の長だなんて冗談じゃない。
「嘘でしょ……?」
「いえ、それで……ひどい目にあった先生に今更こんなこと言うべきではないのは分かってます。 だけど先生しかいないんです!」
「……なに?」
「先生、
ーー助けて」
それは静かでありながら、心が悲鳴をあげているような懇願だった。
しかし私は今、山河様の召喚獣だ。 自由に動く権利はない。 そもそも私はもう先生ではないのだ。 元教え子だろうと、助ける義理はない。
「ごめんなさい、私は今この方の召喚獣なの。 だから」
そう言いかけた時、
「そっか、それは大変だ! ぜひ協力しようじゃないか!」
「えぇ……」
極端に面倒ごとを嫌う主様が、見たことがないくらいに乗り気だ。
理由は分からない、単純に同情か、他に目的があるのか。 それともルナールに一目ぼれでもしたのだろうか。
「いえ、そんな」
「気にするなマルトエス! お前に気を使っているとかではなく、俺が好きで首を突っ込むだけだから!」
「そう、ですか……」
主様の様子がいつもと違うが、そう言われれば私は逆らわない。 私は彼の召喚獣なのだから。
「申し訳ないけど、店主。 奥を貸してもらっていいですかね?」
「はい、どうぞどうぞごゆっくり」
意気揚々と店へ入っていく主様に、私は首を傾げながらついていくのだった。
***
「悪い、しばらく出かけることにしたから今日で最後にしよう」
マーケットから帰った蟹男はアリスたちに告げた。
「そう、分かったわ」
「急で申し訳ない」
「いえ、むしろずいぶんお邪魔させてもらって感謝しかないわ。 まあ居心地が良すぎて名残惜しいのが、ホントではあるけど」
アリスはそう言って、ここ数日で緩みきった表情を引き締めた。
「残念です……まだまだ一緒にいたかったのに」
「あなたはもう彼に付いていったら?」
残念がる藍にアリスが勝手なことを言っているが、結城が「ダメですよ! 藍はうちの貴重なメンバーなんですから!」と必死に引き留めている。
蟹男は藍の発言をお世辞としか捉えていなかった。
「あの……」
「仲間が困ってるよ」
上目遣いで見つめる藍の瞳が心なしかキラキラしている気がしたが、蟹男が気づくことはなかった。
「ダメね、ホント」
「ええ、もう諦めました」
アリスとマルトエスが顔を見合わせて、ため息を吐いた。
「どこいくのー? ドラゴン?」
「いやいや、ドラゴンでもダンジョンでもないよ」
ワクワクしたミクロの耳元で、蟹男は言った。
(異世界だよ)
「んにゃっ!?!!」
こそばゆかったのかミクロは変な声を上げて、目にも止まらなぬ速さで後退りした。
ーーぴぴくぴくぴく
抑える手からはみ出した耳が激しく動いている様子が可笑しくて、蟹男のイタズラ心を刺激する。
「ちょっとこっちに来なさい」
「なんかや! 逃げる!」
「あ、こら待て」
「何を遊んでいるんですか……」
ミクロと追いかけっこし始めた蟹男を見て、マルトエスは仕方がない人たちだとため息を吐くのだった。
〇
ルナールに協力する、つまり異世界に行くことは正攻法では難しい。
商人がマーケットに行く条件として、自分と自分の所有物のみ持ち込める、という条件があるためだ。
故に蟹男は再び、召喚屋に来ていた。
「ではよろしくお願いします」
「かしこまりました」
召喚屋の店主の魔法によって、蟹男は今より召喚獣となった。
召喚獣とは持ち主の所有物という扱いになるので、こうすることで店主が蟹男を連れて異世界に移動することが可能になる。 スキルの穴をついた方法だが、これはお互いの信頼がなければ到底行えない行為だ。
「向こうに到着した時点で、魔法は解除しますので」
「はい、頼みます」
もしも店主が悪い考えを持てば、蟹男は一生召喚獣となってしまうリスクがあった。
とはいえ彼がそんなことをする人間でないことを、ここ半年でよく知っているからこそ蟹男も踏み切ったのだが。
「では山河様、マルトエス先生、ミクロさんよろしくお願いいたします」
深く頭を下げるルナールも、同様の方法でマーケットに来ていた。
「では行きますよ、準備は良いですか?」
「はい! お願いします!」
一瞬で景色が変わる。
知らない匂い。
「こちらは私の執務室になります」
部屋自体は特別変わった内装ではない。
しかしここは異世界なのだと、蟹男はソワソワと落ち着きなく部屋を見渡している。
「山河様、ようこそ我らの世界へ。 デルタ王国へ」
店主はそう言って蟹男を歓迎するのだった。
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次回より、三章突入いたします。
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繰り返しになって申し訳ありません。
それでは続きをお楽しみください。
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