第31話~閑話5~魔法使いになれたら/召喚屋で再会?


〇蟹男の魔法練習


ーー魔力操作の基礎


 とある日、蟹男はマルトエス直筆の本を開いていた。 魔法の勉強は蟹男の日課となりつつあるが、未だ戦闘で使える代物にはなっていない。


ーー魔力は全てに宿る


ーー瞑想して自身の、世界の魔力を感じよう


 魔法は蟹男にとって未知の技術だ。

 魔道具を使える程度の簡単な魔力操作はできても、自在に扱うとなると難度は飛躍的に上がる。


ーー感じたらそれを体内を巡らせるように意識してください


ーーできましたか? 簡単でしたか? では続いて、


「…………できないっ!」


 蟹男は苛立ってムシャクシャと頭をかいた。


 魔力を巡らせることは、異世界人なら簡単なのだろうが蟹男にとっては意思をもって血液を操る感覚に思えた。


「まあまあ、ゆっくりやっていきましょう?」

「付き合ってもらってるのに、イライラしてごめん」

「いえいえ、ちなみに日本人としてはどこが分かりずらかったですか?」


 マルトエスは書き上げた日本人向けの教本の、クオリティを上げることに余念がない。 色々と注文を付ける蟹男の話を彼女は熱心に聞いている。


(特に公開するつもりはないんだけどなあ)


 マルトエスはたくさんの人に見てもらいたいのだろうか。 だとしたら申し訳ないが。


 そもそも彼女はやはり人に教えると言うことが好きなのだろう、と蟹男は接していてひしひしとそれは感じていた。


「マルトエスはやっぱ先生が合ってるね」

「そうですか? まあ人に頼られるのは、承認欲求が満たされて良い気分になるので」

「表現が生々しいなあ……」


 マルトエスの表情に違和感はない。 半年経っても蟹男はマルトエスの深い事情について触れることはなかった。


 しかしそれなりに長い時を過ごし、関係が深まれば嫌でも気になってしまうのは仕方がないことである。


「……先生に未練あったりするの?」

「いえ、いや、どうですかねー。 未練はないですよ、ただ時々思い出すんです。 色々と、ね」


 無理やりに聞き出す勇気もない蟹男は、いつか彼女が話してくれるくらい信頼されるようになれたらいいなと思った。 そしてその時は、


(力になってやりたい……俺にできることがあれば、だけど)





〇召喚屋


 蟹男はマーケットには用事があっても、なくても暇つぶしがてら行っている。


「こんにちは」

「どうも、いらっしゃい山河さん」


 いつの間にか召喚屋の店主とは雑談をする程度の仲になっていた。


「二人の様子はどうですか。 変わりないですか?」

「ええ、良くやってくれてますよ」

「そうですか……」

「?」


 しかし今日は店主の様子が可笑しい。

 何か言いたそうな、でも言いずらそうなそんな感じに蟹男には見えた。


「山河?」


 すると奥から見たことのない法衣をまとった美少女が現れた。


「その方が話に聞いていた山河様なの?」

「……ああ、はい。 左様でございます」


 店主は頷きながら、蟹男に視線で謝罪する。 彼女は見た目は服装も相まって清楚で、人が良さそうに見えた。


「初めまして、私ルナールと申します。 どうかお見知りおきを」

「はあ、私は山河蟹男です。 どうもご丁寧に」


 彼女のお辞儀によって、フードから透けるようなクリーム色の長髪が覗き見えた。


 彼女は美しく、優しそうで、危険はないように思えるのにどうしてか蟹男の警戒心は解けないままだ。 まるで彼女の口ぶりは、蟹男を待っていたようであることも気にかかる。


「山河様は異世界からいらしているとお聞きしてーー」


 ルナールがそう言いかけた時、後ろに控えていたマルトエスが震えた声で言った。


「もしかして、ルナ?」

「へ? え? マルトエス先生……?」


 マルトエスとルナールは知り合いであったらしく、一瞬再会を喜んだあと、


 一人は気まずそうに、


「元気だった? みんなは?」

「ええ、元気でした。 みんなもです」


 一人は痛ましそうに、


「先生も元気……いえ、なんでもないです」

「そう」


 空気が重さに蟹男は店主に視線で助けを求めるが、彼もこの事態は予想の範囲外だったようで首を振っている。


蟹男が一言割って入り会話を終わらせることはできる。 しかし蟹男は一瞬見えかけたマルトエスの過去をもっと知りたくて、ただ黙って状況を見守ることにしたのであった。



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