第2.5章~休息と魔法使い~

第30話~閑話4~スローライフ


※※※


 この生活はヤバい、ヤバすぎる。


 蟹男の拠点にお世話になり1日経って、柔らかいベッドで加賀アリスは寝返りを打ちながら思った。


「もうこんな時間……」


 すでに時刻は昼近い。

 世界が変わってしまってから、こんなに熟睡したのは初めてだった。


ーーモンスターがいない世界。


 街にいたって、どうしたって頭のすみに不安がちらついている。 もうかつての平和な世界を取り戻すことはできないと思っていた。


 けれどここにそれがある。

 蟹男が拠点と称すこの場所は、人類が切望してやまない空間であった。


ーーずっとここにいたい。


 そんなこと許されるはずないのに。


 決死の思いでベッドから這い出たアリスは、一階へ向かう。


ーーぐう


 リビングからだろうか、朝食の香りに腹が鳴った。


「おはよう、朝食できてるよ。 あ、パンで良かった?」


 エプロン姿の蟹男がなんてことないように笑って言う。


 半年経って、配給だった以前より食事事情は遥かにマシになったとはいえまだまだ元通りとは言いがたい。


「もちろん、パンなんて久しぶりかも」  


(選べるってことがこんなにも幸せに感じる日がくるなんてね……)


 アリスはつかの間の幸せを噛み締めて、ため息を吐いた。


※※※


 アリスたちが滞在している間、お手伝いをしてもらうことになった。


「まるでゲームね」


 アリスが地面にくわを振り下ろすと、もりもり地面が耕されていく。


ーーまあ実際ゲームですから


 余計なことを言うとその後の説明が面倒になりそうだったので、蟹男は黙って肩を竦めた。


 畑を耕したところで、蟹男とミクロたち三人分の食事か、残りはマーケットで売っているくらいしか使い道がない。 故にあまり力を入れる必要はないと蟹男は伝えたはずが結城は、恩を返すと言って耕作マシーンと化していた。





 一仕事終えて、蟹男は疲れた体を湯に沈めていた。


「では私は出ております」

「うん、ありがとう」


 薄い湯着をまとったマルトエスが、恥ずかしそうに言って風呂場から出た。


 召喚獣の契約を延長してからマルトエスは、


『戦闘に役に立てないので、これくらいはいたします』


 といって、背中を流しに来てくれるのだ。


 男としては嬉しさしかないので、断ることもしないがマルトエスは頭脳班なので蟹男は彼女の働きが不足していると思ったことは一度もない。 むしろ助けてもらってばかりだ。


(そんなに照れるならやめたらいいのに)


 蟹男は布が張り付いた臀部を眺めながら、夢見心地でぼんやり思うのだった。





 風呂から上がり、蟹男が自室でまったりしているところに舞花藍が突然やってきた。


 彼女とはあまり関わりがなかったので、蟹男は少し驚く。


「どうかした?」

「いえ、あの助けていただいたお礼を。 今回、そして前回も」

「ああ」


 前回と言われて、蟹男はすぐに結城に剣を渡したときに助かった子であると思い至った。 しかし蟹男としては助けたという感覚は薄く、その件に関してお礼を言われても困る。


「いやー、前回は何もしてないから! お礼なら、してると思うけど結城くんに」

「いえ!!!!! あなたのおかげで、あなたの聖なる剣のおかげで私はレ〇プされずに済んだんです!!!!」


 食い気味の藍に、蟹男は少し引いた。


 見た目は大人しそうな普通の子に見えるが、意外と変わった子なのかとしれない。


「ですのでマッサージします!」

「いやいやなんで急にマッサージになった?!」

「実家が整骨院だったんで!」

「お願いだから会話しよ!??」


 興奮した様子の藍によって蟹男は全裸に剥かれ、ベッドにうつぶせに寝させられた。


「では始めて行きますね」


 藍がそう言って蟹男の腰辺りに座って、蟹男の背中をほぐしていく。


 マッサージは確かに本格的で気持ちが良い。 しかし蟹男はそれよりも腰に感じる柔い感触が気になってしょうがなかった。


「それじゃあ足いきますね」


 藍が蟹男の足を抱き締めるように抱えてマッサージしていく。 蟹男は己の煩悩とひたすら戦いながら、時間が早く過ぎることを願った。


(結城くんは色々大変だろうなあ)


 藍は着痩せするタイプらしく、マルトエスと同じかそれ以上の大きな物をお持ちのようだ。 思春期の男子には毒だ。


(いや、そもそも恋人同士なのかな?)


「ちがいます」

「え?」

「違いますから」

「あ、はい」


 乙女センサーに反応したのか、声には出ていないはずだ。 なんとなく怖くなった蟹男は、マッサージが終わるまで素数を数えて過ごすのであった。



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