第28話:人の枠から外れるということ/アリスの職業
「みんな見えてる?」
「なんすか?」
「特に何も……どうかしましたか?」
そのメッセージは蟹男にだけ見えるものであるらしい。
おそらく何かしらのスキルによるものだろう。 加賀アリスと過ごした時間はそれほど長くはないが、蟹男にとって彼女は悪い奴ではない印象だ。
何かの罠なのか。
本当に助けを求めているとして、状況は不明、そもそも役に立てるのかも不明だ。
「……まあ最悪避難すればいいしな。 鮫島、今日は別行動だ」
「はい、それはもちろん全然いいっすけど……どこに行くんすか?」
「さあ?」
ともかく急いだほうがいいだろう。
蟹男は一旦ミクロとマルトエスを連れて拠点へ行った。
「じゃあ行ってくる」
「ご武運を」
「どうせすぐに会うじゃん。 でもありがと」
蟹男はそう言って、
『はい』
ホログラムに触れた。
瞬間、景色が変わる。 匂いが、温度が変わる。
そこら中にモンスターの死体が転がり、
見知った少女が名前を呼び、
豚面の化け物が拳を振り上げている。
「ミクロっ!!!!!」
「任せて」
鍵で空間を開くと、即座に影が飛び出した。
斬。
ミクロの攻撃によって豚面の拳が弾かれる。
「かったい!」
蟹男にとっては何度も見てきたミクロの攻撃。
しかし今回はいつもと違って、豚面がダメージを負った様子はない。
「まじかよ?!」
「まだまだっ」
斬。 斬。 斬。
「全然効いてない……?」
ミクロの攻撃は豚面を一瞬ひるませるが、それだけだ。
今までで初めて蟹男は負けることを想起した。
(逃げるか……?)
周囲を見渡せば、倒れている人が三人。 とりあえず蟹男は三人を順番に拠点へ運んでいくことにする。
「よ、久しぶり」
「嘘!? どうしてここに?!」
「? アリスに呼ばれたんだけど? まあいいや」
蟹男はそう言いながら回復薬を結城にドバドバかけた。
「治った!? まさかポーション?!」
「まあ気にしないで」
「ん……」
「じゃあ次行くから、ヤレそうなら参戦してね」
蟹男が動こうとしたその時、
ーーどんっ
「ミクロ?!」
豚面の攻撃によってミクロが吹き飛ばされた。
勝てないかもしれない、そう一瞬感じた蟹男は決断した。
「一応助けるつもりで来たけど、悪い……帰るわ」
「はぇ?」
目の前で、どこかで知り合いが死ぬことは気分が悪い。 助けられたら助けてもいい。 けれど自身に、身内に危険なら蟹男は迷わず誰かを見捨てる覚悟くらいは、この世界が変わった時からできている。
「ミクロ、帰ろ……ミクロ?」
倒れたミクロに駆け寄った蟹男は、彼女の変貌にぞくりとした。
ーーGrurururu
まるで猛獣の唸り声を鳴らして、ミクロはよろよろと立ち上がった。
体から可視化できるほど魔力が溢れ、長い白髪が静電気を帯びたように広がる。
ーーバチッジジッバチッッ
異世界において魔法は差はあれど出来て当たり前の技術だ。
しかし時にやり方を知らずとも、極限に抑圧された環境下において無意識に発動されることがあるらしい。 まるで物語の主人公のように。
「まだ戦えるから」
「絶対勝つから」
「信じて」
ミクロの目を見て、蟹男は吐き出すように息を吐いて、覚悟を決めた。
「信じるよ、だからーー勝ってこい」
「うん!」
ーーバヂ
まるで電気が走るように、一瞬で移動したミクロは腕を振り抜きながら豚面とすれ違った。
ーージリリ
豚面の体にかすかに電流が走り、
ーーバババババチバチバチバチバチッッッ
ーーBHHAAAAAAAAaaaaaaaa
稲妻が一気に放出された。
「え、と……ミクロさん?」
「なんかでた」
「うん、なんか出たんだねえ……」
丸焼きになった豚面は地面に倒れた。
とりあえず褒めて欲しそうなミクロの頭を撫でて、蟹男は落ち着こうと試みる。
「あの」
豚面とミクロを見比べながら、微妙な表情を浮かべる藍に蟹男は、
「うん、助けられて良かったよ!」
ひきつった笑みで親指を立てて見せた。
「はあ……ありがとうございました?」
「じゃあ俺は他の連中治してくるから!」
蟹男はそう言って逃げるようにアリスたちの元へ駆け寄るのだった。
「本当に助かったわ。 ありがとう」
アリスは目を覚ますと、状況を理解したようで深々と頭を下げて言った。
「うん、助けられて良かった」
「……(逃げようとしてましたけど)」
自分の行動を棚に置く蟹男に、藍がボソッと呟いた。 微妙な雰囲気の二人に、アリスは首を傾げる。
「ととところで! あの救援ってなんだったんだ? スキル?」
「え、えぇ。 私の職業に関するスキルよ」
「へえ、面白いスキルだね」
「ええ、まあね」
「うん……」
「……」
アリスの職業が何なのか、教えてくれるのかと思ったが彼女は言いたくないらしく黙り込んだ。
蟹男としては絶対に知りたいとは思わないが、自分が何をされているのかくらいは知りたいところである。
「……別に秘密主義ってわけじゃないの。 あなたのことはそもそも信用しているし、色々恩もあるわけだし」
「うん、でも言いたくない?」
「ええ……なんというか恥ずかしくて」
恥ずかしいとは何なのか、顔を真っ赤にするアリスを見ていると余計に気になってしまう。
しかしそんなに嫌なら強要するのも申し訳ない、と蟹男は肩をすくめて帰ろうとする。
「うん、なら諦めるよ。 じゃあ俺はそろそろーー」
「待って!!!」
アリスはそう言って、堪えるように胸を押さえた。
「わかった、言う。 言うから、お願いだから少しだけ待って」
「いや別にーー」
「いいから! 待ってて!!」
「は、はい!」
なんだかよく分からないが必死なアリスに気圧された蟹男はしばらく彼女の気持ちが整うのを待った。 そして、
「……ゲ……まよ」
「ん? なんて?」
「だから!」
アリスは叫ぶように言った。
「私の職業はゲーマーなの! 救援も以前握手したときに、フレンド登録のスキルを使った! それで今回救援申請のスキルでフレンドのあなたを呼んだ! それで私たちは助かった! 助けてくれてありがとうございました! これからもよろしくお願いします!! 以上!!!」
言い切って我に返ったアリスは、
「いまままま&%#δЖヱД$ぴゎゃーー!!」
可笑しな声を上げてその場に崩れ落ち、亀のように縮こまるのだった。
(俺はどうしたら……)
帰ることも出来ず、なんて声を掛けるかも分からない蟹男は困って周囲に視線で助けを求める。 しかし誰も目を合わせてはくれない。
「にゃあん」
ミクロの眠そうな鳴き声だけがむなしく辺りに響くのであった。
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