第26話:想定外/ミクロ無双
四階層をしばらく進んだところで、蟹男たちは足を止めた。
ーー違和感。
「静かすぎる」
「なんか全然モンスターいないねー」
少年が焦ったように呟いた。
蟹男はあまり経験がないため、こんなことあるくらいの感想しか持たなかったが、異常事態であるらしい。
「何かくる」
ミクロが耳をぴんと立てながら言った。 そしてすぐに蟹男にもこちらに迫ってくる音が聞こえてきた。
ーーどしんっどしんっどしんっどしんっ
緊迫した空気で少年たちが武器を構え、ミクロが蟹男を守る位置についた。
「うっそだろ!? なんでお前がこんな浅層にいるんだよ!!!」
ーーUHO!UHO!
それはまるでゴリラのような見た目をしている。 しかし蟹男が動物園で見たそれよりも二回りほど巨体で、おまけに腕が四本ある怪物だ。
「バトルコング!!!」
「十層のモンスターとか冗談キツいよねー」
「なんでこんなタイミングでバグるのよ! ツいてないわね!」
少年が矢を放って、先制攻撃を加えるが怪物の拳によって叩き落とされてしまう。
バトルコングは強い知性があり、耐久力素早さ攻撃力がバランス良く高いモンスターである。
南東京の冒険者の間では、バトルコングを倒せたら良い意味で人間をやめたと言われるような存在であった。
少年たちも討伐経験はあるが、戦うためにしっかり準備し、作戦を練った上での勝利だった。 非戦闘員である蟹男という
「くっそ! どうするのユウマ!」
少年はちらりと蟹男の方を見て、一瞬悩んで言った。
「討伐する!」
「「「了解」」」
流れるような連携で少年たちはバトルコングに攻撃を加えていく。 蟹男はマーケットへ何かあれば避難できるとはいえ、迫力満点の戦闘に震えた。 一方、ミクロはソワソワした様子だ。
「手応えあり!」
女性の剣による攻撃でバトルコングに傷が付いた。
ーーUUUUHOOOOO
バトルコングが雄叫びを上げ、そして体が淡く輝き出した。
「なになに、なにする気!?」
「うむ、魔法である」
「イレギュラーかよ、くそ!」
ーーGAAAAAAAAAAAAA
何の魔法だろうか。 バトルコングの声によって蟹男の体は石のように動かなくなってしまった。
「や、ばい、動けない」
それは少年たちも同じだったらしい。
バトルコングが拳を振り上げる。 狙うは傷を付けた女性だ。
「逃げろ!」
拳が振り下ろされる。
女性がどんな表情をしているか、蟹男には分からない。 しかし目の前で人が死ぬのを見ても平気なサイコパスではないのだ。
「ミクロ! 動けるか?!」
「うん!」
「よし、頼む! 時間を稼いでくれ!」
蟹男の言葉で、我慢していたものを解放するような勢いでミクロはバトルコングに突っ込んで行くのだった。
「え?」
誰かが思わず呟いた。
ミクロの爪によってバトルコングはザックリと切り裂かれた。
ーーUgooOoOOooo
バトルコングが悲鳴のような声を上げて、ミクロを遠ざけようと腕を振るうが彼女は軽やかに避けてーー
斬
斬
斬
ーーUho……
「まじ?」
一方的に攻撃を受け続けたバトルコングは、血を流しすぎたのか眼を剥いて倒れた。 そしてモンスターは消え、ドロップアイテムだけがのこされた。
「勝った!」
「おー!良くやった!」
「えへへ」
蟹男たちの間に和やかな雰囲気が流れるが、少年たちは呆然とその様子を見ていることしかできなかった。
「太鼓……?」
バトルコングのドロップは小さい太鼓だった。 強敵の割にはシケてらと思った蟹男だったが、実際はそうでもないらしい。
「魔道具じゃないですか! 大当たりですよ!」
「そう……なんですかね?」
「ちょっと見せてくださいね」
少年はそう言ってモノクルを取り出した。
「それは?」
「鑑定眼鏡、ドロップアイテムです……なるほどこれは
「鼓舞だから
魔法の道具と言われても、蟹男としてはあまり嬉しくない効果であった。
ーーぽ、ぽ、ぽぽぽ
試しに叩いてみると綺麗な音が鳴って、意外と楽しい。 ミクロに渡すと面白がって叩いていて、その様子が微笑ましいのでまあいいかと蟹男は納得することにした。
※※※
「振られちゃったねー」
少女が残念そうでもなく言った。
「まあ自分であれだけ戦えたら、僕らとチームを組む必要はないから仕方ないね。 そもそもダンジョン探索に興味ないみたいだったし」
「もったいないなー。 ねえ?」
「うむ! 共に戦いたかったぞ!」
「善財さん声がデカいよ」
バトルコングとの戦闘後、向こうの希望でフードの少女が戦闘に参加すると、呆気ないくらい五階層まで到達した。
そして帰りにそれとなく勧誘してみたところ、
「いやー、冒険者っていっても本気で活動するつもりじゃなかったんで」
と少年は言われてしまった。
冒険者証欲しさに登録する話しは聞くが、じゃあなぜわざわざ依頼を受けたのか。 尋ねると彼は笑って言った。
「まさか依頼を受けた理由が、ねえ」
「スマホのためだなんて笑っちゃうよね」
冒険者の活動は少なからず危険が伴うものだ。
それをそんな理由で受けるなんて、余裕があるのか、それともイカれてるのか。
どちらにせよ、自分達は割りと強者側であると思っていた少年は認識を少し改めるのだった。
(世界は広いなあ、僕らもまだまだだ)
※※※
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