第24話:スマホ/依頼


 次の日、宿でゴロゴロしながら冒険者の依頼がどんなものなのか、暇潰しに蟹男はアプリを眺めていた。


「素材の採取に、護衛、討伐なんてもう完全に異世界の冒険者だよなあ」


 誰がこの組織を設立したのかは分からないが、サブカルチャーに明るい人物であることは確実だろう。


「へー、こういうのもあるんだ」

「なになにー? ダンジョン行くのー?」

「行かないよ、ただやるならこれかなって思っただけ」


『ポーター募集:ダンジョン探索に関する荷物の運搬をお願いします』


 とはいえ依頼をこなすメリットもないので、蟹男が受けるつもりはなかった。


「それじゃあ出掛けるか!」

「うん!」


 それに今日の予定はすでに決まっている。


「スマホ! スマホ!」

「分かったから落ち着きなさいね」


 ミクロとマルトエスのスマホを買いに携帯ショップへ行くのだ。


 船で移動して街に降りると、そこは以前と変わらない商店街が広がっている。


 いくつもの店はシャッターが下ろされていた。


「なんだか都会的な街並みですが、閉まっている店が多いですね」


 マルトエスにはずらりと店が並んでいる光景が珍しいらしく、看板を指しては、あれはなんだこれはなんだと蟹男に尋ねる。


「同じような店がこんなに……以前はどれだけの人が行き交っていたのでしょう」

「夕方だと道いっぱいになるんじゃないかな?」

「着いたっすよ」


 話しているうちに携帯ショップに着いた蟹男は、店の入り口から続く行列に驚いた。 


 店の登りには新商品発売の文字。


「こんなご時世でも逞しいなあ」

「冒険者専用のビジネスモデルみたいすね」


 運が良いのか悪いのか、仕方なく蟹男は列に並んで順番を待つ。 しかしようやく番が来たものの、受付の職員は申し訳なさそうに言った。


「申し訳ございません。 本日は一般の方への販売は行っておりません」


 このモデルは冒険者向けに開発されたものだ。


 地下でも電波が届き、完全防水、ソーラー充電、魔力充電、その他色々と便利機能がついている。


 一般も買う権利はあるが、冒険者に優先的に販売したいという思惑は理解できた。 ダンジョン探索を便利にし助けることは、自らの安全にも繋がっているのだから。


「あ、一応冒険者です」

「左様ですか。 ではカードをお預かりいたします……申し訳ございません、Gランクの方は対象外なんです」

「えぇ……そうなんですか」


 曰くGランクというのは仮冒険者という状態であるらしく、一回でも依頼をこなせばFランクになれるようだ。

 冒険者としての特典が発生するのはFランクからで、GランクではFカードはただのプリペイドカード兼身分証にしかならない。


「スマホはー?」

「無理みたい」

「そっかー」


 動画を見るのが大好きなミクロの萎れた耳が、蟹男の心を締めつける。


「他の機種なら買えます?」

「いえ、本日販売しておりますのは最新の冒険者モデルのみとなっております。 申し訳ございませんがFランクに昇格するか、日をあらためてお越しください」


 蟹男は目的を果たせぬまま、一旦退転した。


「よし、今日の観光は中止にしよう」

「どうされるのですか? 宿で休みますか?」


 不思議そうなマルトエスに、蟹男はきりっとした表情で言った。


「俺は冒険者になる!」

「そんな大望みたいに言わないで欲しいっす。 スマホ買ってあげたいんすね……」

「ミクロ、主様が冒険に連れて行ってくれるそうですよ」

「ほんと!? やったー!」


 ミクロの機嫌も良くなったところで、蟹男はスマホから今朝見かけた依頼を受注するのだった。


***


 南東京のギルド内、喫茶スペースにて。


「あ、ユウマ申請来たよー」


 Cランク冒険者グループの一人である少女がスマホの弄りながら言った。


 彼女らはこれから行うダンジョン探索に付いてきてくれる臨時の荷物持ちを探している。


「お、どんな人?」

「Gランクのおじさんだって、承認しといたよー」

「はい? ちょっと待てよ! ランク制限は?」


 少年は依頼の投稿を彼女に任せたのは失敗だったと後悔するが時すでに遅し。 一度申請を承認すれば、それは相手との契約が結ばれたということと同義だ。 今更なかったことにとは言えない。


「するの忘れちゃった、ごみんね」

「ごみんじゃないから! どうすんだよ、いくらポーターでも最低限動けないんじゃ雇った意味がないよ!?」

「うん、だからごみんってー。 そんな怒んないでよ? 甘いものでも食べる?」


 少年はすぐにでも手違いだったと断りたかったが、冒険者は案外信用商売なのだ。 良くない評判が付けば、この街で活動しずらくなる。


「まあいいんじゃない? もしかしたらサバイバーかもしれないし」


 剣を磨きながらメンバーの一人である女性が言った。


善財ぜんざいさんはどう思いますか?」

「うむ、後ろは任せろ」

「そうですか。 分かりました」

「ユウマ、善さんに塩過ぎうけるー」


 男性の身長ほどもある太くて、長い杖を背負った筋骨隆々の男は一言だけ呟いて目を閉じた。


「はあ、それじゃあ行きましょう」


 少年は不安を拭いきれぬまま、仲間を引き連れてダンジョンへと向かうのだった。


***



 









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