第23話:冒険者ギルド


 街にはギルドがいくつも設置されているらしく、蟹男たちは現在いる一層目から水路を船で移動して五層目のギルドへ向かっている。


「気持ちいー!」

「なんか海外旅行に来たみたいだ」


 船は案外揺れず、ゆっくりと進んでいく。

 すれ違う船にミクロが手を振れば、向こうも振り返してくれる微笑ましい光景だ。


「でも街並みは日本のままななのは違和感があるなあ」


 一層目は露店が並び、異世界らしい雰囲気だったのに、船から見える二層目、三層目の街並みはまるで元からあった住宅街を切り離してそこに詰め込んだように見えた。


「あれは元々ここにあった街ですからね。 ダンジョンの発生に呑み込まれ、そのまま一体化した結果、こうなったみたいっす」

「呑み込まれ……気になってたけど、その言い方だとここがダンジョンってことにならないか?」


 鮫島はきょとんとした顔でうなずいた。


「そうっす。 ここはダンジョンの中、正確にいえば一階層すね! あそこを見てください」


 鮫島が指す街の頂点にはかすかに何か見えた。


「なんかある……?」

「あれは二階層への扉っす」


 ここに住む冒険者はみなそこからダンジョン探索へ向かうらしい。


 ダンジョンを放置すればモンスターが溢れる。 だからせっせと間引きを行わなくてはならない。 しかしここ南東京は一階層にあるため、他の街よりも格段に危険に近い。 故にギルドのモンスター討伐系の依頼料は、他と比べて割高になっている。


「義務はないすけど、協力的だと色々得点があるからみんな頑張ってるみたいすね」

「色々……?」

「い・ろ・い・ろっす! 詳しくは説明があると思うんで、職員に聞いてください!」


 鮫島のニヤニヤ笑いに蟹男はなんとなく察し、マルトエスがジト目で見てくるのもあって掘り下げることはしなかった。


「ここが冒険者ギルドっす」


 中は役所と喫茶店を合わせたような内装だった。


 喫茶スペースでは待ち合わせをしているのか貧乏揺すりしている戦士風の男がいたり、怪我をしているのかベンチで手当てを受けている人がいたりーー


 役所側では以前のように横並びのソファに順番待ちをする人がまばらに座っていた。


 順番待ちしていた蟹男はすぐに呼ばれた。


「どのようなご要件でしょうか?」


 受付の女性が尋ねるが、蟹男の頭は混乱していて黙り込んでしまう。


「……?」

「いやそのずいぶんラフな格好だな、と」

「ああ、初めての方は驚かれますね」


 カウンターにいる受付嬢は、半数以上水着姿だった。


 曰く、南東京は気温が高く、仕事の合間に涼を取るために水浴びすることがあるためそのような格好をしているらしい。


「冒険者ギルドへの加入手続きですね、かしこまりました」


 黒いカードと冊子を渡された蟹男は受付嬢から簡単な説明を受けた。


 依頼は掲示板に張ってはあるが、ほとんどはアプリから申請する形になっているようだ。


 ギルドは手続きや、依頼料の清算、打ち合わせ、仲間探しなどで利用されることが多いらしい。


 冒険者は実績によってGからSにランク付けされ、ランクが上がれば上がるほど様々な特典が付く。


ーー住宅の無料貸付


ーー依頼の優先的斡旋


ーー専属受付嬢


ーー武器の無償提供


 など渡された冊子には魅力的な特典がランクごとに並んでいる。


「あれ……Sの特典だけ要相談となってますけど」

「詳しいことは私では分かりかねます。 昇給の際にギルド長が面談するそうです。 ただ噂によるとなんでも叶うそうですよ」

「なんでもって、なんでも……?」


 蟹男は受付嬢のある一点をちらっと見ながら言った。


「はい、なんでもです。 あくまで噂ですので」


 彼女は長い髪を耳にかけながら、淡々と言った。




「お待たせ」


 喫茶スペースで待たせていたマルトエスとミクロに声を掛けていると、丁度清算に向かった鮫島たちも戻ってきたところだった。


 蟹男はさっそくアイテムボックスから札束を取り出して、黒いカードにチャージする。


「いやどんだけ金持ってんすか……まさか銀行強盗……?」

「違うわ! ちゃんと稼いだ綺麗なお金だから!」


 稼ぎはしたけれど、ファンタジーの謎技術で換金されたものではあるけれど。


 蟹男がカードに指をかざして「照会」と呟くと、金額が浮かび上がった。


「今のでカードに山河さんの魔力が記憶されたはずっす」

「おおー、すごいファンタジーだ」

「何を今さら言ってるっすか」


 モンスターやらスキルやら、ずっとファンタジーに触れてきたとはいえ、未だに以前の感覚が残っているのか蟹男はいちいち新鮮に感動してしまう。


「鮫島! 今日は俺がおごるから最高のツアーを頼む!」

「まじすか!? 任せてくださいっす! 最高のバカンスを過ごせるよう全力を尽くします!」


 拠点に居る時は穏やかになれる。

 けれどこんなにワクワクした気分はいつぶりか。 今日くらいハメを外しても罰は当たらないだろうと、蟹男は思うのだった。



「あ~ぎもちぃ」


 鮫島はガイドとして優秀であった。

 南東京の観光はまるでバカンスのようで、宿に備え付けれた大浴場に体を沈めた蟹男は半年の疲れを吐き出すように息を吐いた。


「どうっすか、久しぶりの人里は?」

「さいこー」

「じゃあ本格的に街を拠点にすることを検討してもいいんじゃないっすか?」


 蟹男は街に行けば様々なしがらみがあると思っていた。

 しかし鮫島曰く、今となっては社会はファンタジー要素を取り入れ変化しつつも、正常に回りつつあるのだと言う。


 徴兵制はなくなったし、人々もそれぞれ新しい仕事を見つけて生活をスタートさせているそうだ。


 土地がなくなったので、住居や食料の問題は抱え続けているようではあるけれど、蟹男の心配するようなことはよっぽどなさそうに思える。


「ありかもなー。 冒険者にもなっちゃったしなあ」

「おお、いいすね! その際はぜひ一緒に動画配信を! 結構儲かるっすよ」

「いやー、金にはあんま困ってない」

「みたいすね……どうやって稼いでるとかは怖いんで聞かないすけど」


 蟹男は拠点の静かな家を気に入っている。

 しかし人の営みがある街というのも、やはり実際に来てみると楽しく、便利なものだった。


「まあ、色々前向きに検討してみるよ……動画配信はしないけど」

「なんでっすかー!?」


 こうして蟹男の南東京滞在一日目は、最高の形で終わるのだった。 




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