第22話:ドライブ/南東京へ


ーーふぁさ、ふぁさ


 蟹男は顔のくすぐったさで目を覚ました。


「にゃぁん」


 一応ミクロとマルトエス、それぞれに部屋を与えているが、ミクロは良く蟹男のベッドに潜り込んでくるのだ。


「お前、狼だろ」

「にゃん、にゃあ」


 うごめく尻尾を掴んで揉んでみると、ミクロは猫撫声で鳴いた。


 体付きも初めの頃より女性らしくなっているから、蟹男は色々と込み上げてくるものがある。 しかしミクロの無垢な寝顔を見ていると、なんだか卑猥な目で見ていることが悪いような気がして、蟹男はため息を吐いて静かに部屋を出るのだった。




「おはよう」

「おはようっす。 一体どっから出てきた……とか、はい余計なことは聞かないでおくっすね」


 蟹男が困ったことを察したのか鮫島はそう言って、地図アプリを開いた。


「本来は一泊二日で行ける距離だったんすけど、もう一泊することになると思うっす」


 旅程が遅れているのは蟹男がダンジョンに夢中になったせいだ。

 しかし蟹男としては我儘ではあるが、あまり時間を掛けたくなかった。


「マルトエス悪いけど我慢してくれ、あれを使う」

「……………承知いたし、ました」

「??あれってなんすか?」


本当は目立つのも嫌だし、何よりマルトエスが苦手なので使いたくなかった。 しかし蟹男は旅程を縮めるために、アイテムボックスに眠っていた車を取り出した。


「ちょっとドライブしようぜ」


 蟹男はそう言って運転席に乗り込んだ。 ミクロははしゃいで助手席に座る。 マルトエスの青ざめた表情を見て、鮫島たちは不安に襲われるのだった。


「ひぃっ! し、死ぬうううううう」

「死なない死なない、無免許だけど無問題!」

「せめて安全運転でお願いするっすうううう」


 騒がしい車内。 蟹男は運転するとハイになるタイプのようで、ノリノリでアクセルを踏み込んで道中のモンスターをひき殺していく。


「ふぅううう風が気持ちいぜ」

「気持ちいぜえ!」


 楽しそうなのはミクロと蟹男のみ。

 しかしそんな過酷なドライブも一時間ほどで終わった。


「よ、ようやく終わりました……うぇ」

「ちょっと繁みに行ってくるっすっ」


 町から少し離れたところで蟹男は車を止めた。


 このまま街に行ってもいいが、万が一にも無免許やら窃盗やら言われるのが怖かったのだ。


 町は以前アリスたちと見たように、周囲に建物はなく、高い壁に囲われていた。


「大丈夫かー?」


 蟹男はマルトエスたちが落ち着くのを待って、街へと向かうのだった。



「ここに署名と任意で身分証の提示をするんす」


 完全に開かれた門を抜けると、テーブルがいくつも設置されており、入場をする人々がテーマパークのアトラクションに列を作るように並んでいた。


 蟹男は事前情報通り、細かい入場審査がないことに安堵しつつ署名を済ます。


「これってやる意味あるのかな?」

「防犯的にはないっすね! ただこの町に戦闘できる人間がどれくらいいるかを把握するため、なんて聞いたことはあるっすけど、正しくは知らないす」


 確かにいつこの街がモンスターに襲われるか分からない危険な世界だ。 戦闘員の数を把握するのは、街にとって大事なことだろう。 とはいっても冒険者証の提示も拒否できるので、いくらでも偽れるが。


「ようこそ、自由の街南東京区へ!」


 鮫島の歓迎を受けつつ、さっそく街へと足を踏み入れる。


「すごいな」


 入口からすぐは広場になっており、露店が出ていたり、大道芸をしているもの、戦士風のグループが話し合っていたり、にぎやかだ。


「そりゃあここはたぶん、東京で一番活気があるっすから。 西は地獄、北は排他的で、まあ東は普通っすけど。 他の避難区もいくつか回ってますけど、ここが一番開かれてるっすから、良くも悪くも」


 地図の立て看板を見ると、街は円をいくつも重ねた構造ーーまるでウェディングケーキのようにーーなっていて、それぞれの層を水路が繋いでいるようだ。


「これが異世界……」

「いや、全然違うから。 あっちのダンジョンの方がまだ日本に近いよ」


 どうみてもこれは日本とは言えない。 ヴェネチア風ファンタジーの街にしか蟹男には見えなかった。


 日本の文化に興味を持ったマルトエスを連れてくるには不適切だったか、と蟹男は不安になるが尾登おのぼりさんみたく辺りをきょろきょろする彼女を見て、結果オーライと思うことにした。


「じゃあとりあえず店を冷やかしていくか」


 露店に売っている商品は衣服であったり、武器であったり、食べ物であったり様々だ。


 しかしそれらは日本で見かけたものではなく、どちらかといえばマーケットで見る品に近いように思えた。


「もうここには工場なんてないっすから。 基本手作りとか、あとはダンジョン由来の物ばっかすね」


 そんな話をしていると、ふとマルトエスが露店の前で足を止めている。


 見るとその店には所謂ご当地キーホルダーのようなものが並べられていた。 おそらく手作りだろう。


「これはなんですか?」

「これは雑貨かな。 旅行の記念に買ったり、物によってはお守りだったりする」

「魔力的な反応は感じませんが……?」

「そういうものなの!」


 不思議そうに首を傾げる彼女が可笑しくて、蟹男は一つを手に取る。


「これ、いくらですか?」

「百五十円だよ」

「じゃあこれ」


 蟹男は財布から小銭を取り出すが、店主は首を振って言った。


「悪いけどうちは現金はやってないんだ」

「えぇ……俺、電子通貨なんてないぞ。 というか今の世でもちゃんとあるんだ」

「違うっすよ。 Fマネーのことっす」


 鮫島が露店の端に置かれたFと書かれた看板を指さして言った。


 Fマネーとは、とある研究者によって開発された特殊なカードに魔法的な方法でチャージされた現金を指し、そのプリペイドカードはFカードと呼ばれているらしい。


「それはどこで手に入るんだ?」

「職業カードや住民証なんかに使われているんで、どこかに定住するか、ギルドで発行してもらうしかないっすね!」

「まじか……ごめん、マルトエス」

「いえいえ! 見てただけですから!」


 鮫島曰く、Fカードを手に入れる一番簡単な方法はーー


「冒険者になることっすね!」


 社会に縛られたくない蟹男ではあったが、せっかくの街を楽しめないのも悔しいのでカードが欲しい。


「まあ強制されることなんてないんで安心してくださいっす。 ちょっとしたノルマはあるっすけど、ミクロさんがいるなら余裕っすから」

「まあそうなんだけど……」


 しかし現金が使えない店は多いと聞いて、蟹男は渋りながらも冒険者ギルドへ加入することを決めるのだった。




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