第9話:成長/第二の安全地帯
「じゃあ店番頼んだ」
「はい、いってらっしゃいませ」
再び露店を開くが、今回はマルトエスに任せて蟹男は買い物をすることにした。
前回の感じだと呼び込みなんてしなくても商品は飛ぶように売れるし、ミクロを休ませてやれれば十分だ。
宿屋があれば良かったのだが、女子を一人で置いておけるような安全なスペースはマーケットにはないようだった。
「さて、買い物と言っても特に目当てのものがあるわけでもないんだよなあ」
しいていうならミクロの戦闘をサポートできるような蟹男自身用の魔道具くらいだろうか。
そう思いつつも、面白そうな店を見つける度に蟹男はふらふらと覗いていく。
「これなんだろ……?」
とある店の商品を手にとって蟹男は思わず首を傾げた。 どうみてもガラクタにしか見えない商品ばかりが並んでいるその店は明らかに周囲から浮いていて、近寄る人さえいない。
「きみ! お目が高いね! それは世紀の発明家オニキスによる作品さ!」
「へえ、これが……?」
寝起きといった様子の身なりをした小汚ない店主は蟹男に力説した。
「ちなみにあなたのお名前は?」
「私は世紀の発明家オニキス・アパさ!」
「……そうですか。 では」
蟹男はなんとなく彼がオニキス本人であると察していた。 そういう類いの変わった人種の空気がビンビンなのだ。
これ以上ここにいては面倒なことになると判断した蟹男は、退散を試みるが遅かった。
「待ちたまえ」
「……っ」
痩せた見た目からは想像できない怪力で蟹男は腕を捕まれてしまった。
「せっかくだから私が直々に商品を紹介しようじゃないか」
「あ、いえ結構で」
「まずはこの発明からだ!」
蟹男は周囲に助けを求めて視線を向けるが、通行人はみなわざとらしく顔を背けた。
(ああ、なんでこんな目に)
蟹男は己の好奇心を呪いつつ、オニキスの話を長々と聞かされるのだった。
「買ってしまった」
蟹男はオニキスの発明品を眺めながらため息を吐いた。
『これは擬似的に世界を造り出せる、神になれる発明なんだ! そんな物を造り出した私は天才だと思わないかね? ちなみにこれの構想はーー』
『あの買います……買うんでもう勘弁してください……』
逃げたい一心で買ってしまったが、値段を聞いて後悔した。
「金貨四十枚って……四百万だぞ」
見た目はなんの変哲もない古びた鍵にしか見えない。 近くで見ると文字がびっしりと彫られている。
「こんなものに四百万……はーあ」
ため息が止まらない蟹男だったが、これに興味を引かれたのも事実だった。
この発明のコンセプトは『小さな世界の神となる』ことである。 オニキスの言っていることが事実なら、世界の素となる魔力次第では大地を創り、海を、空を、生き物さえ創ることができる。
もしも本当に創れるなら、変わってしまった世界でマーケットに続く第二の安全地帯を手に入れることになる。
そうなれば本格的に避難区に向かわなくとも、自分の力だけで、縛られらことなく自由に生きることが可能になるかもしれない。
蟹男は憂鬱になりつつも、少しだけワクワクしていた。
しかしそれには課題も多い。
「さて、商品は捌けてるかな」
ライフラインの構築、食料の製造、人員の確保など越えなければならないハードルはたくさんある。 どれもこれも結局資金がなければ始まらない。
「おかえりなさいませ。 良い物はありましたか?」
「あー、うん」
「なんですか、その微妙な間は」
「まあまあ、そんなことより」
蟹男は自分の店に戻って、驚愕した。
迎えてくれたマルトエスの横に見知らぬ絶世の美少女がいた。
「おかえり、主」
「その声……ミクロ……?」
「?」
こくりと頷かれても信じられない。
さっきまで十歳の子供だったのに、今のミクロは胸も膨らみ、身長も伸びて、僅かに残る幼さと大人の色気が混在した女性になっていた。
「あーと、綺麗になったね」
「そう? ありがと」
「なんだか視線がイヤらしいですね……」
「引くなよ……」
「まあいいと思います。 男なんてそんなもんでしょう」
妹みたいに思っていたミクロをそんな目で見てしまうことを、蟹男自身も罪悪感を感じていた。
けれど仕方ないのだ。 男とはそういうどうしようもない生き物なのだから。
「強くなった……んだよな?」
「うん! 力が溢れてくるの。 早く戦いたい!」
「うん、根っこの性格は変わらないんだ……ところで商品は?」
思い出したように蟹男が尋ねると、マルトエスは肩を竦めてパンパンに膨らんだ袋を差し出した。
「完売御礼です。 大金なのですぐにしまった方がよろしいかと」
「……おお、なんか見たことない色の硬貨が」
「……白金貨です。 時価ですが約金貨百枚の価値があります」
「すっげえ」
大金がぽんぽん入ったり出たりするせいで蟹男は頭が付いていかず単純な感想しか出てこなかった。
「これなら本当に実現するかもな」
想い描いていた妄想が現実味を増してきた。 蟹男は興奮を抑えつつ、マルトエスに発明品の鍵を見せて力説する。
彼女の表情が、先ほどオニキスの話を聞いていた自身と全く同じことに蟹男は気づいていなかった。
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