第8話:day3/一時避難
『国民皆さまの協力が必要なのです』
次の日の朝、スマホから鳴り響く緊急速報の音で起こされた蟹男は、配信されていた国家会見を見ていた。
『働くことのできる15才以上の男女にダンジョン攻略をーー』
現在、避難してきた人々は仕事がない。
だからモンスター討伐を手伝え、要約するとそんな内容だった。
戦えなくとも、サポートや、見張りの役割があると。
ネットでは徴兵制だと総理が叩かれていた。
『各地に冒険者ギルドを創設し、情報交換や戦闘の講習などを行いたいとーー』
生活は配給によって最低限は保たれている。 プレハブが用意されているが、あぶれれば学校などで雑魚寝している人もいるようだ。
安全はあっても、戦うことを強制され、衣食住は最低限しかない。
蟹男はだんだん避難区に行くことが正解なのか分からなくなってきた。
「水道ガス電気さえなんとかなれば……」
「マーケットで揃えてみては? 魔道具にも家電のようなものはありますから。 ただし貴族たちが使うようなものですから、その魔道具も維持費も相当高値にはなると思いますけど」
「うーん、アイテムボックスの中身がどれだけ捌けるか次第かなあ」
昨日、蟹男たちは商店街の商品を全て取りつくす勢いでアイテムボックスに詰め込んだ。
「きょうはたたかい!」
昨日はドライブでマルトエスがグロッキーになったため、予定を切り上げたためミクロは不完全燃焼だったようだ。
「はやくおとなになりたい」
そろそろ肉体年齢が上がりそうなのが本人には分かるらしい。 獣人の本能なのか、本人の気質なのか、強くなりたいという気持ちが抑えきれないでいた。
「分かったよ、今日は一日モンスター退治だ!」
「やったー!」
とはいっても蟹男が戦闘においてできることはない。
「モンスターを見つけました」
マルトエスが探知し、
「くらえー!」
ミクロが突撃し、モンスターを仕留める。
ちなみに武器は爪の伸びたアイアンクローで、スピードで相手を翻弄して、隙をついて切り裂く戦い方だ。
「終わったー?」
蟹男は邪魔にならないように隠れていることが役割だ。
「うん! らくしょー!」
「お疲れさん。 じゃあ少し休憩にしようか」
蟹男はアイテムボックスからおやつと飲みものを取り出して、二人を労うのだった。
「ねむい……」
「ええ、さっきまであんなに元気だったのに」
休憩していると急にミクロが言い出して、返事も聞かずに横になる。
「もしかしたら成長するのかもしれませんね」
「成長?」
「獣人は肉体年齢が上がる時、気絶したように眠るそうです」
「えーと、どれくらいで起きるのかな?」
「さあ? でも今すぐには起きないと思います」
主力であるミクロが戦えない状態でモンスターが現れたらーーそんな状況を蟹男は想像して不安になる。
「それってマズくない?」
「とってもマズいです。 移動しましょう」
アイテムボックスから車を取り出そうとする蟹男をマルトエスが止めて言った。
「マーケットで今のうちに商品を売りさばいておきましょう」
「おお、忘れてた! ナイス提案!」
完全にそのことが頭から抜けていた蟹男は、ミクロを背負ってマーケットへ転移した。
「ふう、商人様様だ」
とりあえずの危機を脱したことに蟹男は安堵して、出店するために役所へ向かうのだった。
***
「救助いつくるんだろ……」
バスを襲ったオークからなんとか逃げて、結城と藍は近くの高校に避難することができた。
「いつか来るよ」
「いつかっていつ!?」
「そんなの分かんなねーよ!!」
仲の良い二人だが、最近はピリつくことも多かった。
「まあまあまあ、お二人さん。 そんなカリカリしないで! 甘いものでも食べて!」
しかしそんな時はここの生徒会長を務めていた加賀アリサが間に入ってくれるおかげで、喧嘩に発展せず済んでいた。
「いや、貴重な食料をそんなもらえないです」
「私たち何もしてないのに」
「いーのいーの。 色々大変で疲れたでしょ? もちろん元気になったら馬車馬のごとく働いてもらうから安心して!」
「それはそれで怖いですけど……」
「ありがとうございます」
命がけで周辺から集めた食料。
ここには数十人の避難者がいるので、お菓子一つでも争いが起きるかもしれないほど食料は貴重だ。
しかし彼女はなんてことないように来たばかりの新人二人に別けてくれる。
(すごい人だ。 裏で何か言われるかもしれないのに……)
結城と藍はそんなアリサへすでに心を許し、何か手助けができたらと思うようになっていた。
「何をしているんですか、アリサ先輩」
しかしどこにも嫌なやつはいるもので、ここの副生徒会長だった男、
「何って落ち込んでるみたいだったから、和ませてた」
「はあ……あなたのその優しさは素晴らしい、以前の世界ならね」
「どういう意味?」
「その食料を分け与える価値はそいつらにあるのかって話です」
「価値とかそんなの」
「この世界はもう平和な世界じゃない。 早く理解してください。 でないとあなたの支持者はいなくなりますよ?」
柳はそう言いながら結城を睨み付け、藍には舐めるような視線を向けて去っていった。
「うわ、きっも」
「……まあさすがに可笑しなことはしないし、させないから安心して」
「はい! ありがとうございます!」
アリサの言葉を聞いても結城の心が晴れることはなかった。
(俺が絶対守るから)
一時的に安全ではあるが、それがいつ壊れるか分からない。 避難区よりも過酷な二人の生活が始まろうとしていた。
※※※
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