第7話:美味しいご飯


「入って」


 蟹男は名古屋発祥で有名な某コーヒーチェーンの扉を裏口から入った。


「適当に座っててよ」


 エプロンを着けた蟹男は慣れた手つきで冷蔵庫を開け、食材を取り出していく。


「手慣れてますね」

「うん、ここで働いてたからね。 鍵を返す前で良かったよ」

「お腹すいたー」


 調理といっても簡略されたマニュアルなのですぐに出来上がる。


「はい、マルトエスは紅茶とサンドイッチ。 ミクロはオレンジジュースとカツサンドね」

「良い香りです」

「たたたべていい?!」

「どうぞ」


 ミクロはカツにかぶりついて、熱かったのかハフハフと覚ましながら食べていく。


「おいしい! 今まででいっちばん!」

「言いすぎじゃない? でもありがとう」

「いえ、私も人生で一番です」


 ミクロはともかく異世界で教師を務めていて、それなりの生活を送っていたであろうマルトエスでさえそう言うのだから異世界の食事事情はお察しである。


「まあ美味しいけど、普通だよ」

「主様の世界は恐ろしく食の水準が高いのですね。 できれば生きている町をのんびり観光したかったです」

「うーん、避難区域はバタバタしてるだろうけど、いつかは元通りに近い生活水準になればできるかな? 少し工夫はいるけど」


 蟹男はミクロの激しく動く耳を見て言った。


「さて、モンスターについて少しお勉強しましょう」


 食事が終わるとマルトエスの講義が始まった。


「モンスターはどこからともなく現れているわけではありません。 まずダンジョンがあり、それが放置されると飽和したモンスターが外に出てくるようになります」


 現在起こっている問題は全てダンジョンが原因らしい。 そしてダンジョンから溢れたモンスターが外で繁殖することにより、モンスターは増えていく。


「つまりダンジョンさえ攻略して、うろついてるモンスターを駆除すれば安全になるんだ」

「ええ、ただ攻略は私たちの世界でも大仕事です。 それこそ場合によっては英雄と呼ばれ、歴史に名を刻むほどの偉業なんです」


 蟹男は戦えない。 攻略するとしたらミクロ単独でとなる。


「おなかいっぱいーZZZ」


 うたた寝するミクロに一人でやってこいなんて、蟹男にはとても言えなかった。


「少なくとも仲間はさらに必要だよな。 名声なんていらないから楽しく暮らせれば十分だし」

「では楽しく暮らすために、主様も鍛練の必要があるかと」

「いやー、俺は無理だよ」


 蟹男は笑って誤魔化そうとするが、マルトエスは真剣な表情で訴える。


「商人であっても自衛手段は必要です」

「……分かったよ、お手柔らかに頼むよ。 まずは何からしたらいい?」

「では魔力を感じ取ることから始めましょうか」


 マルトエスの先生モードには逆らえないと、蟹男は素直に従うのだった。



「とはいっても商人のスキルを使っているということは、魔力を微量ですが使ってはいるんです」

「へー」

「けれど魔道具に魔力を注ぐ、魔法を使うには魔力の存在を認識して、自らの意思で動かせなくてはなりません。 手を出してください」


 勉強と聞いて蟹男はかったるそうだと思ったが、男子の心を擽るファンタジー用語のおかげで想像より面白い。


 蟹男の手をマルトエスが握る。


「え、ちょ」

「少しの我慢です。 痛くしませんから安心して下さい」


 マルトエスの瞳が淡く光を放つ。

 蟹男に魔力が送り込まれていく。 それはまるで彼女の手の熱がじんわり伝わるような、心地よい感覚だった。


「これが魔力……」

「そう、お腹の辺りに感じますか?」

「感じる。 わかる、あったかい」

「それを血管を通すようなイメージで。 体を巡って、手に集めて、送り込んで……そうです、出来てますよ」


 さすが元教師、生徒をやる気にさせるのが上手い。 蟹男は顎から滴った汗を見て、ようやく自身の疲労に気がついた。


「めちゃくちゃ疲れた……」

「未発達の回路をいきなり使いましたから。 それに勘違いされがちですけど魔法使いも意外と肉体労働なんですよ、内部的にですけど」


 魔法使いといえば蟹男も後ろで呪文を唱えている楽な職業思っていた。


「この訓練をするとどうなるの?」

「日々行うことで、魔力を感知できます。 鍛練を重ねればスキルがなくとも色々とできるようになりますよ」


 マルトエス曰く、探知、魔法、魔道具の使用、生命力の活性など蟹男がこの世界を生き抜くために必要なことがたくさんできるようになるらしい。


 そういうことなら毎日でも頑張りたいところだが、疲れるので一日の終わりに行うべきかもしれない。

 徹夜した日のように疲労と睡魔が蟹男を襲っている。


「悪い、ちょっとだけ」

「はい、休んでください。 何かあれば起こします」


 蟹男はソファーに横になって、ミクロと共にすやすやとお昼寝するのだった。



「じゃあ端から攻めてくか」

「おー!」


 三時間ほどぐっすり眠った蟹男は、商店街の店を片っ端から漁っていく。


 コンビニやスーパーを中心に。

 アイテムボックスは時間が止まらないので、生鮮食品は少なめだ。


「文房具かー、売れるかな?」

「売れます、確実に。 というか私が欲しいです」


 マルトエスの意見を参考に、マーケットで売れそうなものも集めていく。


「車……移動用に欲しいかも」


 マップで車屋を探して移動中、現れたモンスターはミクロがなんなく撃破した。


 とりあえず店舗の窓ガラスを破壊して、三人は中へと侵入する。


「生きるためだ仕方ない」


 蟹男は呟きながら車の鍵を探す。

 するとテーブルの上に置き手紙と共に置かれた鍵の束を発見した。


『必要であれば、お使いください。 悪路はオフロードがおすすめです。 生きて避難区で会えることを願います』


「窓割ってすいません。 ありがたくします」


 いつか会えたら恩返ししようと、蟹男は心に決めつつ車を選ぶ。


「これにしよう」

「あの乗り方は知ってるんですよね?」

「誰にでも初めてはあるもんさ」


 蟹男は車を運転したことはない。 もちろん無免許だ。


 しかしこの未曾有の事態に一々目くじら立てるお巡りもいないだろう。


 ネットで調べ終えると、鍵を差し込み回すと、エンジンがかかる。

 ガソリンは事務所に置いてあったものを使用した。


「よーし、じゃあちょっとドライブしようか!」

「……それは強制でしょうか?」

「どらいぶするー!」


 よく分かっていないミクロははしゃぎながら乗り込んだ。 マルトエスは不安そうにしているが、彼女だけ置いていくという選択肢はない。


「俺たちは運命共同体だろ?」

「こんなとこで使う言葉ではないと思います……はあ、分かりました」


 渋々乗り込んだマルトエスにシートベルトを着けてやって、蟹男はアクセルを踏み込んだ。



 






  


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