第6話:避難に向けて準備します
「そういうことだったのか」
買ってきたレトルトカレーを頬張りながらスマホを眺めていた蟹男は一つの動画を見つけた。
その政府が公式に出した動画は国民の避難を促す内容だったのだ。 この辺りの住人はみな素早く避難したため、人っこ一人いなかったのだろう。
「簡単に言えば逃げろ、逃げ遅れた奴は知らねえってことかよ」
ライフラインは数日で停止するらしい。
こんなのほとんど強制しているようなものだ。 人は電気や水道、ガスが使えなければ生きていけないのだから。
「どうされたんですか?」
「このままだとサバイバルすることになりそう」
「……この生活水準からサバイバルは困るでしょうね」
マリトエスは蟹男の部屋ーー電化製品や水道などーーを見て呟いた。
「狩りできる」
「野生の動物なんてここらにはいない……もしかしてモンスターって食べれるの?」
ミクロは不思議そうにしつつ、うんうんと頷いた。
蟹男はあの凶悪面の狼を想像して、めちゃくちゃ肉が固そうだけど本当に食えるのだろうかと心配になった。
「オークやバード系、ラビット系などはよく食べられる食材ですよ」
「ドロップとかないよね?」
「どろっぷ?」
「そうだよな、現実なんだから解体するよね……はあ」
スーパーに並んだ肉しか見たことのない蟹男は憂鬱になるが、食べれるものがあるだけありがたいと思うことにした。
「では結界の魔道具を発動します」
寝る前に露点で買ったペンダントをそれぞれ装着し、蟹男はマルトエスに魔力を注いでもらう。
すると自身を透明の半円が覆った。
「おー、すごい」
「低位の魔物なら大丈夫程度なので、気休めにしかならないかもしれませんが」
「いや、それでもありがたいよ」
魔道具にも等級があるようで、現在の資金で手が届くのがこれだけだった。
上級ともなれば王族が使うような代物らしいので、これくらいが身の丈に合っているのかもしれい。
「それに何かあれば」
「私が起こす」
「頼りにしてるよ」
ミクロは音に敏感なので、モンスターが接近すれば気づいてくれると豪語していたので、蟹男は今回こそは信じることにしたのだ。
「じゃあおやすみ」
激動の一日が終わった。
レトルトの食事が、落ち着ける寝床が、誰かといることがこんなにありがたく思える。
現代がファンタジーになった二日目は、こうして案外穏やかに終わるのだった。
※※※
「早く避難区に着かないかな」
バスから窓の外を見つめながら
「そんなに心配しても仕方ないだろ?」
「だって渋滞で全然動かないし、ほら」
藍の差し出したスマホの画面には、移動中モンスターに襲われたとの投稿が表示されていた。
「起こってないことを心配してもしょうがないだろ……っ!」
その時、窓の外で衝突したような激しい音が聞こえてきた。
「なんだ!?」
ざわめく車内。 外には悲鳴を上げながら車を捨てて走って逃げる人たちが見えた。
「私たちも逃げた方がいいかな」
「いや、それは」
ーー危険じゃないか?
そう言いかけて結城は不安になる。
ここにいれば安全なんて保証はない。 行動しなかったために逃げ遅れるなんてこともあり得る。 逆に焦ったせいで危険になるかもしれない。
(どうする?!)
迷っているうちに時は過ぎ、しばらくしても何も起きなかったため結城は安堵した。
ーーbuubuubuu
「なんか聞こえた……?」
「私も豚みたいな声が」
ーーbuubuu
「ままー豚さん」
乗客の女の子が窓の外を指して言った。
それは豚ではない。
二足歩行で筋骨粒々な豚面の怪物だった。 そいつは女の子にゆっくり近づき、円らな瞳で見つめた。
「かわいいー! ねえまま見てみてー!」
女の子がはしゃいで目をそらした瞬間、結城は豚面の表情が凶悪に変貌していくのを見ていた。
「buuhyaaaaaaaaa!」
豚面は怪物に相応しい雄叫びを上げながら、手に持っているこん棒で結城たちの乗るバスの車体をバッティングするように攻撃した。
※※※
「今日は周辺の探索を進める」
「おー、戦うぞー」
本当はすぐにでも避難したかった。
しかし蟹男は東京住みだが、避難区域まではかなり遠い。
どれくらいモンスターがいるか分からないが、長距離を移動するならばそれなりに身の安全を確保しておきたかった。
「ライフラインが止まるくらいをタイムリミットとして、探索しつつミクロをできるだけ強化しておきたい」
「あと、お勉強もしましょう。 私は一ヶ月しかお手伝いできませんから」
蟹男は二人を連れて商店街へ向かった。
昨日はコンビニにお邪魔しただけだが、この町は捨てられたのだと分かったならば遠慮はいらない。
「端から回収していこう。 昼食は何が食べたい?」
「欲を言えば軽食と紅茶をいただきたいですね」
「にーく! にーく!」
「じゃあ喫茶店に行って、夜は焼き肉に行こうか」
冷蔵庫が止まれば食材は腐る。 その前にしか贅沢できるだけしておきたかった。
久しぶりの外食に蟹男は少し胸を躍らせながら、商店街を歩いていった。
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