第5話:人が消えた街


「ここが異世界……?」


 蟹男の部屋を見てマルトエスが微妙そうに呟いた。 


「部屋めちゃくちゃ」

「言ったろ? モンスターに襲われたって」

「早く戦いたい。 探しに行く」

「やめてくれ……とりあえず予定通りに行動しよう」


 日本に戻る前に三人は今後の方針を話し合った。


 まずは食料や水などライフラインを確保する。 その後ミクロの実践を行い強くなってもらって、蟹男の安全を確保する。 それらがまず優先するべきだと結論した。


「じゃあ外へ出る。 周囲の探知はマルトエス、モンスターが出現したら頼むよミクロ」


 二人が頷いたのを確認して、蟹男は財布を取って近所の商店街へ向かった。





「誰もいないのか……?」


 街が静かだ。

 都会ではないけれど、住宅街の広がっている場所だ。 それなのに車も人もいない。 商店街はどこの店もシャッターが下ろされており、営業している様子はなかった。


「ここは廃墟なのですか? それにしては整った町並みですが……」

「いや、いつもなら買い物客でそこそこ賑わってる商店街なんだ。 一体何がーー」


ーーあったんだ?


 マルトエスに思いっきり引っ張られたせいで、蟹男の言葉は途切れた。

 店の影に引きずり込まれた蟹男は口をふさぐマルトエスに抗議しかけるが、次の瞬間にその行動の意味が理解できた。


「gruuuuaaaaa」


 恐る恐る覗いた先には、蟹男を襲ったあの狼がいたのだった。


「……逃げよう」


 蟹男は即座に言った。 しかしミクロが首を横に振って否定する。


「私にやらして。 勝てる相手、これはチャンス」

「ダメだ、だって」


 その狼は大型犬の二回り大きいくらいでかいのだ。 奴の強さを蟹男は身に染みて知っているから、余計に体の小さいミクロが勝てるビジョンが浮かばなかった。


「私もミクロに賛成です。 あのモンスターはこの辺りを縄張りとしているのかもしれません。 加えて本来狼系のモンスターは群れで行動するため、単独でいる今が絶好の機会です。 今後の予定を消化するためにも」


 マルトエスの論理は理解できる。 しかしそれでもあの時のトラウマが蟹男の決断を鈍らせた。


「gr? gruaa!」

「見つかった! 迎え撃つ!」

「もう選択の余地はありませんね!」


 臭いか音か、それとも別の何かが原因なのか。 見つかってしまってはもう戦うしかない。


 蟹男の優柔不断さが不意打ちという有利な状況を崩すことになってしまった。


(くっそ)


 蟹男は後悔と自己嫌悪を感じつつ、物陰で二人の戦闘を見つめることしかできなかった。






 戦闘はあっけなく終わった。


 マリトエスが呪文を唱えて、ミクロが攻撃して狼は動かなくなったのだ。


「勝った」

「うん、ごめん」


 報告してきたミクロに蟹男が謝ると、彼女のピンっと立っていた耳が少し萎れた。


(情けない主でガッカリさせたかな)


 蟹男が勝手に落ち込んでいると、マルトエスが笑って耳打ちしてくる。


「褒めて欲しかったんですよ、たぶん。 獣人は褒められて伸びる子が多いので」


 目が合うとマルトエスがウィンクしてきた。 蟹男は意図を理解して恐る恐るミクロの頭に手を置く。


「あんなに強かったんだな、凄いよ。 助かった、ありがとう」

「うん! 頑張った! 撫でて!」

「あ、うん」


 ミクロは表情があまり変わらないが耳がピコピコ激しく動いていて、目がキラキラしているように見えた。


 蟹男が撫でると彼女は気持ち良さそうに目を細める。


(まるでワンコ……か、かわええ)


 ミクロに癒されながら蟹男は次は上手くやろうと、気合いを入れるのだった。


「さてと、お店は閉まっていますがどうしましょうか?」


 マルトエスの言葉に蟹男は悩んだ。

 今は緊急時だからと、万引きのような行為は許されるだろうかと。


 すでに荒らされていたりすれば入りやすいが、わざわざシャッターをこじ開けて入るのは悪いことをするつもりがなくとも、なんだか泥棒感が強くて抵抗があった。


 しかし食わねば死んでしまう。

 それに蟹男には養わなければならない仲間も増えた。


「……申し訳ないけど、勝手に買い物させてもらおう」

「では行きましょう」

「もっと戦いたい」


 蟹男はさっそく店の軒先にあった植木で一軒目の窓を叩き壊した。


「まるで泥棒みたいですね……」

「言わないでよ……本当に申し訳ございません」

「私もやりたーい」


 いつか必ず恩返しーー罪滅ぼししようと蟹男は心に誓うのだった。


 

 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る