第3話:マーケット/周囲の状況は


 マーケットは長い商店街が伸びており、中央の広場には露店が並び、レンガ造りの役所が一棟建っている。


「申請はっと」


 役所の中には石盤がATMのように並び、そこで多種多様な人が手続きを行っている。


 やり方は男に説明してもらったので、蟹男は恐る恐る石盤を操作した。


「普通にタッチパネルなのか」


 現代人にはありがたい仕様だが、ファンタジーの世界観はぶち壊しである。 言語はに対応している。


『申請』『オークション』『両替』


 石盤は大まかに三つのことができる。


 申請は店を出す時に使う。

 オークションは時間がないもの、店に陳列できない巨大なものなどを売り買いできるーー簡単に言えば通販サイトのようなものだ。

 両替はそのまま、ファンタジーの謎硬貨を日本円に替えることができる。


 職業商人となった人たちはこの機能を使って、盛んに商売を行っている。


 故に異世界では職業商人は当たりの部類であるらしい。


「絶望したけど、まだ希望はある。 あとは持ってきた商品が売れるかどうか……」


 蟹男は祈る気持ちで出店の申請をするのだった。

 

※※※


「私たちどうなっちゃうんだろう、結城ゆうき


 避難所の体育館は生徒や、避難してきた近所の人が大勢いた。


「大丈夫だ、きっとなんとかなる」

「なんとかって……これのこと?」


 少女が何もない空間を指して言った。


 そこには何も無いように見える。 しかし今や日本中誰でも自分にしか見えない文字がそこにあることは常識だった。


『職業を選択してください』


 何のために、誰がどうやって映し出しているのかは分からない。

 モンスターが現れた世界、迫られた選択、どうすべきなのか察していても誰も怖くて一歩を踏み出すことができないでいたーー誰がどうにかしてくれる、と。


「結城は戦うの?」

「うん」


 少女の問いに少年結城は適当な相づちを打った。

 少年は何もない空間を鬼気迫る様子で眺めている。


「危ないよ」

「分かってる」


『職業:勇者を選択しました』


 結城にだけ声が聞こえてきた。

 彼は一息ついて、少女を見つめた。


あおはどうする?」

「私はーー」


 家にはいつ帰れるのか、家族は友人は大丈夫だろうか。 この世界はどうなってしまうのか。


 様々な不安を抱えながら、舞花まいはなあおは選択する。


※※※


※※※


「総理、ご報告いたします」


 会議室に国のトップが集まった。

 いくつかの空席の持ち主とは連絡が付いていない。


「各地にできたダンジョンからモンスターが溢れ出しており、現在は自衛隊が対処しておりますが殲滅は難しい状況と言わざるを得ません」

「そうか」

「範囲が広すぎます。 国民に避難を促し、都心部で守りを固めることが最善と具申いたしますが」

「地方は見捨てるつもりか?」

「今、優先すべきは大勢の人命です」

「どうかご決断を」


 町にはモンスターが溢れ、人を襲っている。

 未曾有の事態だ。

 国の声がいつまでも国民に届くとは限らない。


 モンスター、ダンジョン、職業と訳が分からないことばかりだが、迅速に対応しなければ日本は終わるーーそれがここにいるトップらの共通認識であった。


「国家会見を開く。 放送部に連絡を取ってくれ」

「承知いたしました」


 会見が行われるとすぐに人々は都市部に向けて避難を開始した。


 しかし後にこの判断は、総理にとって死に際まで忘れられない苦い記憶となるのだった。


※※※

 

「いや~、儲け儲けっ!」


 割り当てられた区画にレジャーシートを敷いて、並べていた商品は全て売り切れた。 蟹男は浮かれながら店仕舞いしていく。


 アイテムボックスには大量の金貨がしまってある。


「さて、これだけあると無駄使いしたくなるけど」


 露店を冷やかしていると、つい魔法関係の道具や、なんか凄そうな武器、瓶に入った薬など男心をくすぐるアイテムに目が引かれてしまう。


「道具系は魔力を流せないと使えないのかよ」


 異世界人には出来て当然のことだろうが、日本人の蟹男にとっては未知の技術である。 習得の難易度は分からないが、店員に教えを乞うのは筋違いだろう。


「はあ、どうしたもんか……」


 蟹男は中がカーテンで見えなくなっている店(?)を見つけて、気になったので立ち寄ってみる。


「あのこちらは」

「ああ、うちは召喚獣を扱っております。 気になる子がいたらお声がけください」


 外から見えないようになっていた中には恰幅の良い商人と、ずらりと並べられた商品であるーー異世界人が蟹男を見つめていた。


(まさかな)


 そこはまるで異世界物語でよく登場する、奴隷商を想起させる店だ。


 そんな都合の良い話はない、でもあったらいいなと蟹男は期待しつつ商人と対峙するのだった。


 

 

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