第2話:モンスターVS商人


 カーテンの隙間から覗こうと蟹男かにおが窓に近づくと、


ーードン、パリッ


 何かが窓に衝突してきた。 


「ひいっ」


 隙間から見えたのは狼系のモンスターと、ヒビの入った窓ガラスだった。


「おいおいおい、どうすんだよっ!? ヤバいって!」


 一人でパニックになりながら、警察に、消防署に通話を試みるが大変込み合っているようで繋がらない。


「gruuuuu」

「なんで後ろに下がるんだよ……」


 狼が蟹男に恐れをなしたわけはない。 言わずもがなそれは助走である。


「くっそ、家賃ケチって一階にするんじゃなかった」


 狼が走る。 そして窓ガラスはいとも簡単に砕け散った。


「チュートリアルにしては過酷すぎやしませんか、ねえ?」

「GRAAAAAAAAAAA!!」


 職業を得ると同時にスキルを獲得できるらしい。 しかしそれを確認する間もなく蟹男とモンスターの戦いは始まってしまった。


 どちらにせよ商人に戦闘スキルがある可能性は低いので、意味のない後悔だが。


 蟹男の生きるための選択肢は逃げるか、


「かけっこは苦手なんだ」


 相手が雑魚である可能性に賭けるかしかない。


 蟹男は戦うことを選んだ。

 それは勇気でも、自信があったわけでもない。


「俺の五十メートル走のタイムは十秒ジャストだ」


 死の恐怖に押しつぶされそうな精神を保つために脳が頑張っているからか、可笑しなテンションのまま蟹男は拳を狼に放った。


ーーゴッ


 手ごたえは全くなかった。

 まるで圧縮されてカチカチになったゴムを殴ったような感覚だ。


「graaa!」

「っ」


 お返しとばかりに狼にタックルされ、嘘みたいに蟹男の体は吹き飛んだ。


 そこで蟹男は悟った。


ーーああ、これ勝ち目ねえや


 そしてかすむ視界の先では狼が突進してきていた。


 体は動かない。


 意識は遠のいていく。


 覚醒もーー


「GRA!」


ーーなかった。


 蟹男を食らおうと間近で開かれた狼の口。


 その光景を最後に蟹男は意識を失った。






『おーい』


『起きろ、風邪ひくぞ』


『困ったな、悪く思うなよ』


ーーばしゃっ


「うわああ!?」

「ようやくお目覚めかい」


唐突な冷たさに蟹男は飛び起きると、外人の男と目が合った。


「あれ、俺は」


 狼に食われてーーそう言いかけて辺りを見渡すと、洋風の見知らぬ町並みだった。


「横浜? いや、確か横浜は巨大なダンジョンができたってSNSで騒がれていたような……?」

「その様子じゃ、あんた初見さんか? その年で珍しいな」


 蟹男が戸惑っていると、男が不思議そうに言った。


「あのここはどこなんですか?」

「どこってそりゃお前さん、商人だけ訪れられるマーケットさ」


 男は楽し気に笑うが、聞いても蟹男にはさっぱり分からない。


「あんたも職業商人なんだろう? 商人は世界の壁を越えたマーケットに行くことができる、誰にも教わらなかったのか?」

「ああ、初耳だよ」

「嘘だろ!? あんたの親は! 教会は! ギルドは! ちょいと意地悪が過ぎるんじゃないか!?」


 男は勝手に蟹男の境遇を不憫に思ったのか、親切に説明してくれた。


 曰く、職業商人のスキルで有名なスキルの一つがアイテムボックス。 そしてもう一つがマーケットと呼ばれるスキルで、商人は異空間に創られた町にいつでもいけるらしい。


 世界のどこからでも、異なる世界からでもそれは可能なのだ。 蟹男がそれを証明している。


「ここでは申請すれば店を開ける」

「でもお金がかかるんじゃ?」

「いーや、ここにはみかじめ料なんてもんはねえよ。 なんてたって徴収する人間がいない」


 男曰く、ここでは身分は関係なく平等に欲しいものを売り買いする、そんな商人にとっては夢の空間のようだ。


「実力が物を言うって感じなんだ……」

「ああ、そして商品の品質は求められる」


 話を聞いた蟹男は少し未来に希望を持つことができた。


 戦うことはできないから、物語の主人公のように活躍はできない。 けれど危なくなったらマーケットに逃げれば、少なくとも自分の身は安全なのだ。


 もしかしたら職業商人は現代においてかなり有用なスキルなのかもしれないと感じていた。


「色々助かったよ。 ありがとう」

「ああ、いいんだ。 頑張れよ!」


 蟹男はしばらく男に商人のこと、マーケットのことなど教わった。


 そしてしばらく店を冷やかして、蟹男は意を決して自分の世界に戻ることにした。


「一瞬の判断が重要だ」


 マーケットは限定的な転移スキルだ。

 魔力消費なしでマーケットに来れる代わりに、戻れる場所は二つしか登録できない。


 大抵は自宅と移動先を登録する。


 そして現在の登録先は、狼に襲われた自宅しかない。


 故に狼がいれば即座にマーケットへ戻り、ほとぼりが冷めるのを待ち続けなくてはならない。


 狼が同じ場所で蟹男を待ち構えていたら、彼は永遠にマーケットに閉じ込められてしまうのだ。


「よし、行くぞ!」


 一瞬で景色が変わる。

 周囲を確認するが、狼はいないようだった。


「はぁ~~~助かった」


 とりあえずは安心だ。

 しかし部屋は荒らされていて、窓ガラスも割られたまま。 このままここにいるのはどう考えても危険だった。


「売れるものを探そう」


 蟹男はとりあえず家にあるもので売れるものを探し、それをマーケットで販売するつもりだった。


「とりあえず砂糖は定番だよな。 あとは服と」


 市場を見ても素人の蟹男には何が売れるか全く分からなかった。

 蟹男は異世界物語を参考に、リュックに詰めていく。


 安全を確保できるまでは、ここに何度も来るのは危険だから。


「あ、自転車もあるじゃん」


 部屋がすっからかんになったところで、アイテムボックスの容量がいっぱいになった。


「よーし、やるぞー!」


 蟹男は気合いを入れてマーケットへ再び転移するのだった。




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