File22

「矢走先生、いい人だったですね」

 『鬼長刀駅おになぎなたえき』から『降魔駅ごうまえき』へ向かう電車の中で二家が言った。

「ああ。噂話を鵜呑みにしてはならない、ということが実証されたわけなんだな」

 佐茂が答えた。

「でも、俺っちが想像していたよりも、ずっと辛い話だったさ」

 虎丸がつぶらな瞳に薄っすらと涙を浮かべながら言った。

「ああ、諸君、公共の場でこの話をするのは控えた方が賢明であろう。『壁に耳あり障子に目あり』。いつどこで誰に聞かれているか分からないからな」

 いつもの話し方に戻った終夜先生は少しげっそりしているように見えた。きっと、まともな人を演じるのには相当なエネルギーが必要なのだろう。二家のバッグの中から、終夜先生を見ていた美魂さんは笑いを堪えているようだった。『降魔駅』を下車した一同は、タクシーに乗り、『降魔ごうまスポーツ公園陸上競技場』へ向かった。

 

 ここ数日続いた雨を笑い飛ばすかのような爽やかな青空。久しぶりに顔を出した太陽がレンガ色の陸上トラックを優しく照らし、楽しそうに走る子どもたちを見守っているかのようだった。

「みあちゃん、しっかりゴールを見て! 下向いちゃってるよ」

 コーチと思われる黒髪ショートヘアの女性の凛とした声がグラウンドに心地よく響いた。

「あのコーチの女性が、瀬尾……じゃなくて、駿河するが 逸美いつみさんである確率が高いな」

 終夜先生が、矢走先生から預かってきた二十四年前の陸上部の集合写真の中の瀬尾 逸美さんと、今、視界に映っている女性とを照らし合わせて言った。10人ほど写っている部員の中でもいちばん背が高く脚が長い。日焼けして浅黒い肌は健康的で少し目じりが下がった目とぽてっとした可愛らしい唇が印象的だ。そして、瀬尾さんの右隣に映っているのが風速 正子さんだと、矢走先生が教えてくれた。肩甲骨くらいまでのセミロングの髪をふたつに束ねている。身長は瀬尾さんより5センチほど小さいといったところだろうか。少し太めの眉毛に切れ長のきりりとした目、すっと通った鼻梁に薄い唇。旧校舎に建っている少女の銅像と瓜二つだ。


「よ、よ、よし……それでは、オカルト部の顧問であり大人である私が、駿河 逸美さんにアプローチを試みることとしよう」

(あ。終夜先生の『真人間コミュニケーション力』の残量が切れそう)

 一同が一斉に心の中でツッコミを入れた。

「終夜、無理するななの」

 二家のバッグの中から美魂さんがひょっこりと顔を出して言った。

「あの、終夜先生が嫌でなければ、俺っちが、駿河さんに声掛けてきますよ。俺っち、いちおう陸上部ですし、俺っちの辞書に『人見知り』って言葉ないっすから」

 虎丸が言った。

「そ、そうお? 私は、顧問だし大人だから大丈夫だけど、虎丸くんが、どうしてもっていうんならお願いしようかな。私、大人だし」

(キャラがブレてる)

 と、一同が総ツッコミした。心の中で。

「はい! どうしてもやりたいんさ!」

 虎丸は、そう言うと、ラグビーボールみたいな形をした陸上トラックの方へ勢い良く走り出した。一同は虎丸の軽快な走りに目を奪われた。

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