File23

「アイツ……あれでスランプなんだよな。勿体ないんだなあ」

 佐茂がぼそりと呟いた。


 数十分後。虎丸が、逸美さんを連れて、一同が待機している芝生席へと戻って来た。

「こちらが、降魔高校陸上部の大先輩、駿河 逸美さんです」

 虎丸が、逸美さんを一同に紹介した。

「はじめまして。降魔高校オカルト部の皆さん。駿河 逸美と申します」

 逸美さんは目尻を下げて微笑んだ。その笑顔はコミュ障(虎丸以外)の一同に安堵をもたらした。

「降魔高校の理科教師でオカルト部の顧問の終夜 究一郎と申します。お忙しいところ、突然押しかけてしまい申し訳ありません。先ほどまで矢走先生のお宅にお邪魔しておりまして、駿河さんが本日こちらにいらっしゃるかもしれないとのことでしたので。子どもたちに指導をしているようでしたが、お邪魔でしたら、また日を改めますので」

 どうやら、終夜先生は『真人間コミュニケーション力』を少し回復したようだ。

「子どもたちの指導なら、主人に任せてきたのでお気遣いなく」

「えっ? ご主人も陸上競技経験者なのです?」

 二家が驚いて尋いた。

「ええ。主人は公立高校の陸上部で短距離をやっていました。陸上競技から離れたくて、陸上の実業団チームや部活、サークルがない会社に就職したのに、まさか、自分の夫となる人が陸上競技の経験者だなんて。神様は、私が陸上競技から逃げることを赦してくれないようです……いえ、私が陸上競技から逃げることを赦してくれないのは、神様じゃなくて、正子なのかもしれません」

 そう言って、逸美さんは寂しそうに微笑んだ。

「虎丸くんから、大体の事情は聞きました。正子は……苦しんでいるのですね。正子は私の所為で自らの命を絶ったというのに、私は、のうのうと生きている」

 逸美さんの顔から笑みが消えた。

「待ってください! 悪いのは、正義感の強い正子さんを逆恨みして、親友の貴女に選手生命を諦めなければならないほどの大怪我をさせた恐田たちじゃないですか! 正子さんも貴女も被害者なんです! 正子さんを死に追い込んだのは貴女じゃない! 奴らなんです! ご自分を責めないでください!」

 終夜先生が言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る