第2話

 春の暖かさも過ぎ、新しい教室やクラスメイトにも慣れてきた頃、二週間後に迎える体育祭の為に私達は大縄跳びの練習に励んでいた。

 「大縄跳びを三年がやるのはあるあるだよね。団結力みたいな」

 「だよねー!ていうか正直そんなことより日焼けしないかとかが心配!」私は直前にたっぷりと日焼け止めを塗ってきたが、心配とか言ってる割には、夏海は日焼け止めを塗っていなかった。正直信じられない。

 「まぁ正直回し手によると思うんだけど、うちら身長低いからたまーに縄見えないで引っかかっちゃうときあるんだよね〜」

 「とかいいつつまだ夏海は一度も引っかかってないでしょ!それはこっちのセーリーフー」

 いまいち団結力!みたいなのは感じられないが、まぁこれはこれで青春かと割り切って跳ぶしかないか。でもせめて屋内でやらない!?やけたくないんだけどー!

 「声出していくぞー!いちっ、にー!さん!し!ごー!…」

 声出してくれるのはありがたいけど…………一緒に跳ぶ必要ある?縄が無いとこで…。子供っぽいというかなんというか。

 ピーッッッ!

 「今日の練習は終わりです。流れ解散にしますので各自指定の教室で速やかに着替えなさい」

 集まらないのは楽だなぁー。まじあの先生神だわー。

 「藤原さん。うちの大縄どう?何か改善点とかあるかなぁー?」

 長谷川!?急に!?私に!?えっどうしよなんて答えよう。特にそんなの考えてなかったし…。

 「やっぱ回す人の技量じゃないですかー?」

 夏海ナイスアシストーっ!

 「あいつら二人も頑張ってたんだがな〜。回すのって結構体力持ってかれるし、しゃーない部分もあるんだが…朝練来てもらうかー」

 「あっ赤マル落ちましたよ」

 それを言った瞬間静寂が場を包み、先生が口を開けた。

 「よく赤マルなんて呼び方知ってるなぁ!まぁ最近の子はバイト頑張ってるもんな!さんきゅーなっ」

 そんな言葉を投げかけられた後、走って校内に駆けていった先生を視線で追っていて、胸の鼓動の音は、しばらく鳴り止まなかった。

 「まぁ奏はバイト二日前に辞めたんだけどね。推薦で大学行く予定なんだから続ければ良かったのに」

 「……まぁそうなんだけどさ、最後の一年間位は遊ぼうかなって」

 「あそぼあそぼーっ!うちも推薦だから暇だし!」

 「夏海はまだ最後の大会残ってるでしょ!それに楓くんだっているし。彼氏いるんだからそっち優先!」

 一瞬変な間が過ぎたが、それを遮るように松田さんが声をかけてきた。

 「ほんとだよー!彼氏くんとラブラブなんでしょー?やっぱりこの女子高生最後の夏は、夏祭り行ったり、花火見たりとかいろんなイベント全部やりきりたいじゃん!彼氏とできるなんてまさに青春ど真ん中ー!って感じじゃん!?うーらーやーまだよ〜」

 「ほんと音は青春すきだよねぇ〜。彼氏いないとか言ってるけどめっちゃモテてるの知ってるんだからねー!」

 「全然そんなことないってー!みんなが噂してるだけで実際告白もそんなされないし。奏ちゃんは好きな人できた!?」

 好きな人、という単語から頭の中に浮かんできたのは長谷川の顔だった。いや、でも、流石に好きではない…と思う。

 「いないかなぁ。この間別れたばっかりだしさ。引きずってるわけじゃないんだけどね」

 「ほんとー?誰かのこと考えてるように見えたからてっきりその人のこと好きなのかと」

 「いやいやいやいや!全然そんなことないない。好きとかじゃないよ」

 見透かされたように感じて慌てて否定したものの、逆に怪しい反応をしてしまったというのは流石に自覚した。

 「今のは怪しすぎるってぇ〜。誰!何組の人!」

 「ほんとにいないいない!急だったからびっくりしただけでほんと違う!」

 「まぁ深追いはしないでおくけど、付き合ったら教えてね!」

 その言葉に胸を下ろしつつ、松田さんと廊下で別れて教室に向かった。着替えてからホームルームに向かい教室に入ると先生が黒板に今日の反省点を書いていて、その姿を横目に見ながら席に向かった。私はそのときやっと気づいたのだ。先生に恋をしていると。


そんなことを考えていたらあっという間に二週間が経ち、今日が体育祭当日でテントの下で下級生の応援をしながら先生のことを見ていた。

体育会系の先生で熱く、親しみやすいところがあるからか生徒からの人気は高い。だからこそ、今日は特段目についてしまう。女子生徒と写真を撮っているところが、平常ではいられない頭の中を誤魔化すように歓声を上げ、クラス対抗タイヤ取りでは相手二人の状態でも勝ち取ることに成功し、大縄ではクラス全体で練習の成果を発揮していた。

 「めっちゃいい感じじゃん!今学年三位だし!大縄は学年一位取れたし!ワンチャン全員リレーで逆転あるかも!?」

 「なーっ!絶対勝つぞー!」

 「うわっびっくりした、響先生か!」

 夏海の響先生呼びに反応してしまったが、まぁ…別にいいか。よくないけど。

 「よし、いこっ奏!」

 「うん、頑張ろっか」

 招集場所に行き、全体的に緊張しているような感じであったものの、競技が始まれば誰もが応援の声をあげていた。私は走るだけなら女子の中では速い方なので、あまり心配事はないがバトン落としてしまうようなハプニングだけは避けたいなぁとは思いつつ、レーンに立つ。一位が圧倒的で二位は自分のクラスでそっから三位まではかなり離れているから、現状維持が及第点。でもアンカーには陸上部の一番速い男子がいるから、逆転のチャンスもないわけではなく、差を少しでも縮められればいいなと思いながら前走者のバトンを受け取る。走るともう応援の声は聞こえなくなり、ただただ走ることに集中するしかない。

 「ふじわらぁーっ!頑張れぇー!」

 そう考えていた矢先に聞こえてきたのは他でもない、長谷川の声。声が聞こえてきたことや、応援されたことよりも、呼び捨てで呼ばれたことが頭の中でいっぱいになった。バトンを次走者に渡し走り切った後も、鼓動は鳴り続けていた。これは、疲れからくるものであろうか、はたまた…。先生の方を見ると、こちらに気づいたからか、グッドポーズを私にしてくれた。心を撃ち抜かれるとは正にこのことであると、認識するには十分過ぎるほどの思いが私の中を巡った。

 結果として、リレーでは一位を取ることができたものの全体としては準優勝で少々口惜しい結果となった。正直そんなことがどうでもいいくらい、私の気持ちは先生でいっぱいいっぱいであった。

 「惜しかったねーっ。後もう少しで優勝だったのにー」

 「まぁでも、楽しかったよ」

 「…そうだね!最後の体育祭、楽しかった」

 「ちょっとお手洗いに行ってくるね」

 あっ誰か入ってきたな。

 「ねー聞いた?楓くんこの前別れたらしーよ」

 「えっまじ?相手はー夏海か。女バスでもレギュラー取れなかったみたいだしね。だから最近部活もサボり気味ーって顧問言ってた。まぁレギュラーじゃない人は別に部活来なくても問題ないって言ってたし。勉学優先でって」

 「あの顧問やさしーもんね。てかざまぁって感じなんだけど。夏海なんか調子乗ってたし。楓くんあれと付き合ってたのかわいそー」

 悪口…てか陰口か。そうだったんだ。だからところどころ歯切れ悪い感じだったのか。相談とかしてくれたっていいのに。

 その女子グループが出てから、私もトイレを後にした。夏海と会うのが少し気まずい。

 「あっ奏ーっ!写真撮ろ!」

 「うん。撮ろ撮ろ」

 こっちから切り出すのはまずいかな。いや、でもこのまま夏海一人でその感情を背負うのも。どっちが良い選択なのか、まだ若輩者の私にはわからないでいた。

 ホームルームが終わり、いつもの同じように夏海と家路を辿る。夏海は何も知らないから、何も変わらない。でも夏海は私の親友だから、選択は間違っているかもしれないけど、聞きたい。

 「ねぇ夏海、ちょっとそこの公園寄って行かない?」

 「んっ久しぶりだね、この公園」

 二人でベンチに腰をかけ、話を切り出すタイミングがよく分からず単刀直入に聞いてみることにした。

 「夏海さ…楓くんと別れたってほんと?」

 「え…なんで奏が知ってるの…?」鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、私に訊ねる。

 「いや、さっき女子達が話してるの聞いちゃってさ。…部活のことも」

 「…全部、知ってるんだ。そっか」

 「なんで何も言ってくれなかったの…?私は、夏海の相談相手にもなれないの?」

 「ちがっ…」

 「夏海は私のこと、親友だなんて思ってなかった?そう思ってたのは、私だけ…?」

 「そんなことない!親友だって思ってるよ!でも、奏に心配してほしくなかったから。そんなうちを見せたくなかったから…!」涙を浮かべながら、私の問いかけを否定する。いつもの明るさはそこには一筋もなかった。

 「…心配したいよ。だって夏海は、私の無二の親友だから」

 「ごめん…奏。ありがとう…!」

 辺りはすっかり暗くなってしまったが、私の心は晴れていた。二人とも涙が止んで同じ空を見渡す。

 「人があまり来ない公園でよかったね」

 「うん、そうだね。流石にこの歳であれだけ泣いているとこを見られるのは恥ずかしい」

 「…空、綺麗だね」

 「久しぶりにこうやって見たよ。ほんと、綺麗」

 そんな時間を、一時間は過ごしていたと思う。空を見ながら、夏海は少しずつ話してくれた。楓くんから振られたことや、部活のレギュラーを取れなかったこと。悔しさと悲しさが同時に襲ってきて、忘れることが出来なかったこと。話し終えると、夏海はなんだか嬉しそうな顔を浮かべていて、選択が間違っていなかったことを実感していた。

 「そろそろ、遅くなっちゃうし帰ろっか」

 「そうだね、帰ろう」

 体育祭の後だからか、夏海のことを知れたからか、その日はぐっすりと眠ることが出来た。

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