桜にその匂いを

第1話

 冬の寒さも通り過ぎて徐々に暖かくなるこの時期、教室の窓から見える桜の花びらを見てふと一年前のことを思い出すのだった。



 駅を出るとブワッと吹く風にさらされる。

 クラス替え憂鬱だなぁ。いつメンと離したら先生まじ絶許なんだが……………もう古いか。

 「おっはよかなで。いつも私の方が早いのに今日は先についてるなんて頭打った?」

 幼馴染の夏海なつみとは学校の最寄りで待ち合わせしていて、大抵私が後にくる。

 「開口一番悪口を言うとは。殺されたいのか貴様。全然眠れなくってさ〜。はじめと別れたのもあるんだけどそわそわするなーって」

 「わかる〜。杞憂だってわかってるんだけどなーんかそわそわしちゃうんだよね〜。一くんに関しては見る目がないって言うかうちの奏振るとかありえないんだが。ってか桜きれ〜。写真とろ!」

 「待ってこの写真盛れてないからストーリーあげるならこっちでよろ」夏海は自分が半目でも構わずストーリーあげる人だから言っておかないと思わぬ打撃を食らう可能性がある。それだけは本当ありえないと思う。

 当番の先生に挨拶をして、いつも通りに校舎の中に入る。優等生っぽさを唯一出せる場所だから意外と楽しみである。

 「最初はニ年の頃のクラスに行けばいいんだよね?」

 「そうそう、あのメンバーでホームルームにいるのも今日で最後」最後というと、やはり名残惜しさも感じるがすぐに新しいクラスになるため、そんな感傷に浸っている暇はない。

 「最後とか言わんといてよ〜。涙出ちゃう」

 「ひっこめとけ」

 クラスに入るといつものメンバーがいて、でもどこかそわそわしているような雰囲気に包まれている。前より景色が悪くなって窓からはマンションしか見えなくなっているのは今のところ一番の改悪かもしれない。

 とりあえず時間になるまではいつものようにSNSの確認。あっ、さっきの写真もうストーリーにあげてる。指定しといてよかった、やっぱり全体公開だし。この男子よく自慢ストーリーあげてるよな〜、痛いな。他には…あー、この子また新しい男できたんだ。先週先輩と別れたばっかじゃなかったっけ?まぁ折角のJKだし気持ちは分からなくもないけど。

 てか髪の毛やばいかもな。トイレ行っておこ。まだこの時間は人が少ないから席を立つと音が響いてしまう。

 あっラッキーだな、誰もいない。電気ついてないのは確定演出。やっぱり髪の毛崩れてたし。駅抜けるときに風強かったからなぁ〜。特に今日はクラス替えもあるんだから初対面レベルの人に髪ボサボサって思われるのはきつい。

 ドン

 あっ入ってきちゃった。確か隣のクラスの子だったような気がするが、話したことがない上にきっと鏡目的で来たと思うからサッと場所を明け渡すことにする。

 ホームルームに入るとさっきと比べて賑わっていて、誰が入ってきたのかと視線がこちらに動いているのがわかった。

 「かなでぇ〜、クラス離れたら嫌だぁー!」

 「まだ発表されてないし、夏海はどうせ私と離れても友達余裕で作れるでしょ〜?」これに関しては嘘偽りない言葉である。てか女子バスケ部入ってるし友達普通におるし!…そんな夏海と小学校から一緒でニコイチと言われる程になれたのは、私の唯一の自慢だ。だからこそ、一年のときに同じクラスだったことをいいことに友達を作る努力をしなかったのは愚かであったと今更ながらに感じてしまう。ほんと、後悔先に立たずとはよく言ったものだ。

 「それはなんとも言えないけど、奏と離れるのが嫌なのー!」

 「とか言いつつ彼氏君と一緒になりたいんじゃなくて?」彼氏というのは野球部の菊池きくちかえで君のことで、春休み期間に告られて付き合うことになったらしい。隣のクラスで喋ったことはないものの、いつもニコニコしていて性格の良さが滲み出ている。

 「やーめーてー!そりゃ確かに同じクラスになれたら嬉しいけどさぁ。…はずいし」甘酸っぱいなぁ。今の私には酸っぱすぎるくらいに。

 「まぁ確かにね。最悪別れたら気まずいし。私も一とクラス離れてて良かったし今回のクラス替えでも避けたいしね」

 「まぁそうだよね〜。別にクラス離れてても休み時間とか会いたかったら会えばいいしデメリット考えるとそっちの方がいいよね」

 雑談をしているとあっという間に時間も過ぎ、先生が入ってくるような時間帯になってしまった。正直夏海の前では平静を保ってはいるが、心臓バクバクである。朝の占いは八位という微妙な数字で見なければ良かったと思いながらの登校であった。

 「はーい号令係」

 「きりーつ、礼」

 もう荒木の話とか興味ないから早く発表してほしいと思ってしまう。そりゃ先生としての仕事があるから仕方ないのはあるが、正直誰もそんな話聞いていない。放送の始業式とか興味ないにも程がある。校歌なんて高校入ってからでは片手で数えられる程度でしか聞いた覚えはない。当然覚えてもいない。新任の先生がどんな人なのかだけ聞いてはいたが、スマートフォンをいじりながら始業式を過ごしていた。

 「じゃあ始業式も終わったので新クラスの発表です。プリント黒板に貼っておくので各自確認後、該当クラスに向かってください。」

 心臓がはち切れんばかりに動いきながらそのプリントを確認しにいく。

 まず自分が三組であったことを確認した後、夏海のクラスを見た。天野夏海の横に書いてあった文字は三組で、全身の緊張が解け安堵した。

 「奏!一緒ー!」

 私の方を見ながら笑顔でそう言った夏海に、私はあくまでも冷静を装いながら頷いた。

 「あー私六組だぁ〜、クラス離れても話そうね夏海〜!」

 「うっそ音違うクラス!?ガチか。いや当然話すに決まってるしなんなら部活一緒だし!」

松田音さんは、一、二年で同じクラスの人で、私にも話しかけてくれるようなコミュ力の塊の様な人だ。吹奏楽部でフルートを担当しているらしく、男女問わず可愛いと噂される子だ。

 「奏一緒に行こう」

 「うん、行こうか」

 廊下ではどのクラスであったとか誰がいるとか、当たりのクラスだハズレのクラスだのと、多くの声が聞こえてきた。ハズレのクラスだと大きな声で言ってる人はどうかと思ってしまうが、仕方のないことなのだろうか。

 「先生って長谷川だよね?保健と体育の」

 「確かそうだったと思う。長谷川のテストは簡単だって言ってたよね」次の担任である長谷川はせがわひびき先生は、保健体育の担当だが一、二年のときは殆ど関わりがなかった。体育祭のとき、自分のクラスが優勝していて涙を流していたのが深く印象に残っている。今どきそれで泣く先生いるんだ、というのが正直なところである。その日は先生の泣き顔がストーリーによくあがっていた。

 「よし、入ろう」

 ホームルームに入ると、まだ数人しか来ていなく荷物だけ運んだ後に廊下にいったのだろうというような様子であった。まず席を確認すると、一番左の前から二番目というなんとも面白味のない席であった。いや、そこそこな当たり席ではあるのだがこの席だと友達が若干作りにくく、不利だ。

 「あー!一番前ってか一番じゃん!」

 …まぁ夏海に比べれば喜んでもいい席なのかもしれない。一番とか指されまくるし大変すぎる。カーテンが開いていたら光の反射で黒板が見えないのもきつい。まぁ名前があ、から始まる人の宿命なのかな。こういうときだけ、自分の苗字が藤原であったことに感謝してしまう。

 始業式にも疲れ、一旦外の景色でも見ようと席に座り窓から見える桜吹雪を眺めていた。

 「やっぱ一年のときの方が景色良かったな」ふと独り言が口から出てしまい焦ったが、誰も聞いてなかったようで安心した。今日は焦ることが多い。

 「藤原さん、だっけ。桜、よく見えて綺麗だよなぁ〜!」私の机に手を置きながら大きな声を発したのは、長谷川であった。その子供のような表情とは裏腹に煙草の臭いが伝わってくる。急に発せられたその言葉に驚いていたからか何も言葉を返すことが出来ずにいたが、周りの子が共感の声をあげてくれたのでその場をやり過ごすことが出来た。

 「よし!じゃあ最初のホームルームにするか!出席番号一番天野!号令よろしく!」

 「えーうち!?もー。きりーつ、礼」

 部活のときもよく話すって言ってたもんなぁ。こういうとき先生と仲良いと大変だ。

 最初のホームルームは多くのプリントが配られたり、課題の回収をするだけで速やかに幕を閉じた。

 「終わった終わったー!奏帰ろー!てかお昼ご飯食べよー!」

 「あれ、今日部活ないの?」夏海の所属する女子バスケットボール部は休みが少なく、始業式や終業式も例外ではない。

 「…今日は休みらしい!奏も今日バイト休みでしょ?」

 「うん。じゃあいつものカフェに行こっか」

 「よし!行こ行こ!」

 私の腕を掴んで走る夏海を見ながら、どこか青春っぽさを感じずにはいられなかった。

 「てか菊池君は良かったの?」

 「んー大丈夫でしょ!ほら、野球部は今日も部活あるし!」

 「そっか、野球部は今日も部活か〜」

 「てか長谷川でよかったね!当たり当たり!」

 「うーん、まぁそうだね。オニシキじゃなくて良かった」オニシキこと錦先生は生徒指導の先生で引っ掛かると鬼のように怒ることからオニシキと呼ばれている。

 「それはそう!あの人スカートの長さほんとうるさいもん!」

 「まぁ私は引っ掛かったことないけどね」

 歩きながら今日のことを話していた私達だが、そんな私は長谷川に急に名前を呼ばれたことや子供のような表情が頭の中で反芻していた。

 

 

 

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