金の斧 改

 「金の斧」あるいは「ヘルメースと木こり」という童話をご存じだろうか。日本の昔話にも似た内容があり、斧を泉に落とした木こりが、女神と会い、その正直さを試されるという内容だ。

「あなたが落としたのは金の斧ですか、それとも銀の斧ですか」

 というフレーズに馴染みがあるだろう。

 そして俺は今、それとそっくりな状態にある。


 ☒☒☒


 さかのぼること——さかのぼらなくてもいいほどのほんの数分前、俺は俺の彼女と川に散歩に来ていた。

 朝日が水面にキラキラと輝いて、空は徐々に青くなり——と表現できるような風景だったが、その中で突然川沿いを歩いていた彼女が川に転落してしまったのだ。

 あっ。っと思ったころには大きな水しぶきがバッシャーンと上がっていた。

 もちろんこの時間帯に川沿いを行きかう人はいない。そもそも普段から人の通らぬ道なのだ。

 驚いた俺は動けないままに瞬きを一つ。すると彼女の姿は見えなくなっていて、目の前には見知らぬ美人が立っていた。


 彼女は現実離れした服装をしていた。なにかのコスプレなのだろうかと疑うほどだ。しかしギリシャにあるサントリーニ島のイアの白と青の街並みにいそうではある。マッチしすぎて逆に驚かれるのではなかろうか。

 きれいな髪飾りに純白にところどころ金が輝く長いスカート。ピローポーションは完ぺきで、そしてもちろん顔立ちも美しかった。

 うっとりとその顔に見とれていると彼女が突然言った。

「あんた、落ちた彼女の心配もせずに人の顔に見とれてるんか」

 平手がとんで来なかっただけまし——ともいえるほどの剣幕だ。

 口調と見た目があまりにもそぐわず困惑する。

「は、はえ?」

 ところで、あなたはどなた様で——。

「あたしはこの川の女神や。あんたの正直度を試しにきたで」

 目的を明かしてしまったら、ごまかし放題ではないか。そう思うものの、口にも顔にも出さない。

「ごまかせるもんやったらごまかしてみい」

 作戦は瞬時にして失敗した。

さすが女神。思考はばっちり読まれていたようである。

「ほな始めるで」

 俺の意見は放っておかれたようである。今嫌だと言ってもきっと無視される。彼女が戻ってくることはないだろう。

 俺は意を決して女神に向き合った。

「あんたが落としたのはこの可愛い彼女ですか」

 そう言って出された女神の右手側に召喚されたのは金色のハイライトが輝く栗毛の、ピンク色のミニスカがよく似合う女の子。

水色のリボンのついた、白いカッターシャツの上に来ているパーカーの萌え袖が最高で、ご丁寧に右手を口に当てて左足を折り曲げているという決めポーズまで取られている。

生き生きとしている。

 ううん。かわいい。

だが——。

 不要に悩む素振りを見せてから、おれは惜しそうに顔を横に振る。

「ふうん。こっちはどや」

「あんたが落としたんはこのちょっとクールめなさわやか~な感じの女の子ですか」

 そういう女神の声に合わせて今度は左側に女の子というより女性というのがふさわしい人が現れる。

 今度はおちゃめな感じはなく、あくまで物静かで静かな感じだ。白い長そでに灰色のセーター。手ははっきりとその美しさがうかがえる。

 ロングスカートにはしわ一つなく、几帳面さが伝わってきた。

 こちらはポーズというよりそこにただいる感じだ。

 これも捨てがたい。しかし違う。

 決意の表情で俺はまたもや首を横に振る。女神さまも乗り気になったようだった。

「ほう。あんたは定番の——」

 そう、定番の。

「——」

 大きく息を吸って俺は口を開く。

「俺が落とした彼女は、あなただっ」

 そういって自信満々に俺の角ばった人差し指が向いた方向。そこには女神がいる。

「へえ?」

 これにはさすがの彼女も驚いたようだ。まさか「どちらでもない」とでもいうと思ったか。

そして、水に消えた俺の彼女が目の前の女神というわけでもない。

つまり、俺はさっき川に落ちた彼女は忘れて、さっそく目の前の女神を口説き始めたのである。

 まず服装が素晴らしい。白と金色というのはもう憧れである。それに女神。もう申し分ない。そして少しきついその性格も俺にとってはプラスにはなってもマイナスには決してならないのだ。この機会を逃してはならない。

 ついに、遂に来た。と歓喜しかけていた俺に、女神の平手がこんどこそさく裂した。心なしか、顔が赤い?

「はあ? あたしがあんたの彼女? ありえへんわ。あんたの彼女はほれ、これや」

 そう言って女神の手のひらから飛び出してきたのは、

 茶色い毛で、

 リボンのついた、

 可愛い、

わんわん

 そう、もふもふのトイプードル。

 俺のは抗議のつもりか俺のつきだした指にカプリとかみつく。

「あいたっ」

 大していたくもないのに手を引っ込めようとする俺。すると今度は精一杯のキックが顔面にさく裂し、俺はそのまま地面に倒された。

「一人も彼女おらんくせにあたしを口説こうなんて百年早いわ。そもそも悔しさでペットを彼女呼ばわりしてるだけで気持ち悪い」

 吐き捨てるように言った女神。

「あんたは全然正直ちゃう。一生彼女できひんで」

 遂に女神さまの判定が下された。

 そしてまた、瞬きの次の瞬間。女神の姿はすっかり消えて、隣にいた二人の女の子もいなくなっている。どっちか選んでればよかったなあ。

 俺の上にはわんわん吠え続ける彼女。服は彼女の足の泥で汚れていた。

「はあ。これからどうやって彼女見つけよ」

 落胆する俺にの足蹴りが再び突き刺さった。



     〘了〙

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