居眠りとチャーシュー麺海苔増し玉子
「あー終わった終わった」
そんな声を耳にした玲は突っ伏していた机からむくりと起き上がり、辺りを見回す。
「お前結局全部寝てるやん」
似非関西弁で突っ込みを入れてきた悟を見た玲はかの約束を思い出し、机の脇に提げていた鞄を取り、スクッと立ち上がる。
「ラーメン食い行くぞ」
「おいおい、お前は欲求の権化か」
「土曜日まで学校来て授業受けさせられてんだからサッサと行こうぜ、腹減ったわ」
玲たちの学校は月曜から金曜までが十五時まで、土曜のみ午前中授業という形態であり、土曜日は授業が終わり次第駅周辺の飲食店で昼飯を食べるのが日課、いや週課となっていた。もちろん学食や売店も開いてはいるので、そこで済ませる生徒も多くいたが、近くに駅で栄えた繁華街があるというのに、わざわざまずい学食を利用する理由もなかった。
ポケットから取り出したスマホで何らかの通知が入っていないか見た玲は、家族のグループラインが動いているのを確認したものの、急ぎのものではないと思い、開かず別のアプリを起動する。
InstagramにTwitterと、ある程度のSNSを更新した後、玲は朝見ていた2ちゃんねるのスレを見返そうと、GoogleChromeを開くが、「404not found」と表示され、スレが見れなくなっていることに気付く。
「あれ、消されちまってるな」
「なにがー?」
隣を歩いていた悟が玲の言葉に単純な疑問を投げかける。
「朝見てた2ちゃんのスレが消えちまってる」
そう言って画面を悟に見せると、悟は笑いながら「AVで良くある奴だ」と笑う。
「まあ別にどうでもいいんだけど、ちょっと面白そうなやつだったから残念だわ」
「俺のボケにはノーリアクションかよ」
「お前がAVよく見てるのはわかった」
二人してけらけら笑っていると、後ろから二人を呼び止める声が聞こえる。
「おい、悟、玲! 今日飯食ってからラウワンどうよ? そろそろクラス替えだからって」
二人を呼び止めたのは、いつも二人が仲良くしているグループのリーダー的存在の男子生徒だった。グループと言っても、玲と悟は二人行動が多く、良く学校にあるようなスクールカースト上位のグループに属してふんぞり返るようなことはなく、二人で様々なカーストのグループを出入りしていた。
旅人のようなそんな振る舞いが珍しいのか、気楽なのか大抵のグループは彼らを快く受け入れた。もちろん別のグループとつるんでいると、何人かは彼らに対して反感を露わにしたが、悪口や陰口どんと来いという姿勢の二人にはそんな程度の悪口など、どうでも良かった。だからこそ二人に浅い友達は多く顔は広い方で、今回もそんな縁で誘ってくれたのだろうが、今二人の目の前にはラーメンがあった。しかも玲はまだ帰ってからエリー――ラストオブアスのヒロイン――との冒険が待っている。
「だってさ、どうする?」
玲は悟にそう尋ねる。悟は少し悩んだのち声を掛けてくれた男子生徒に質問する。
「正式なって言うか、クラス全体でやる打ち上げみたいなのは別であるんだよな?」
「ああ! それもまた別で企画するつもり!」
「じゃあ今回はパスで」
「おっけ、じゃーなー!」
男子生徒は断られているのが慣れているかのように、教室の中へ戻っていく。慣れているかのように、というより慣れていたのだろう。二人は二人で行動することが多かったが故に、そういったクラス内で繰り広げられるイベントに参加しないと言うことが多かった。最初の方は互いにそういう気があるのではないかと噂されたこともあったが、体育祭や文化祭で絶妙なコンビネーションを魅せ、活躍してからそういった話はだんだんとなくなっていっていた。
「渋谷のタワレコ行きてーしな。今日は。しかも来週からテストだし」
「おいおい、せっかくの週末だぜ?」
玲を引き留める悟に対し、玲は渋々続ける。
「お前本格的にダブるぞ」
「そ、それもそうか」
二人はそんなことを話しながら、目的のラーメン屋へと向かう。
エロビデオ屋の隣の黄色い看板が立ってるラーメン屋。小汚い木のカウンターに丸見えの厨房。店員と客の距離は近い。メニューは中華そばとチャーシュー麺の二種類しかなく、トッピングのメニューはそれなりにあるものの、その無骨で強気な少数メニューが寧ろ好感を掻き立てた。
「チャーシュー麺二つ」
悟の注文に合わせ、玲は続けて「一つに味玉と海苔追加で」と店員に告げる。
「あ、おい勝手に」
俺の驕りなのに、という言葉を含めながら悟は玲の注文を咎める。
「トッピング代は払うよ」
「『は』って言い方なんかムカつくな」
「前払いでお願いしまーすっ」
「あ、そうだった」
と、悟と玲は鞄の中から財布を取り出し、悟は二千円、玲は二百円を自らの席の前に置いた。
「ありがとござまーっす。お水ですねー」
目の前に置かれた水を口にした悟は、スマホを取り出し、SNSのチェックを始める。それを横目に玲は自分たちのラーメンが作られるのを、店員の作業を見守りながら待った。
「失礼しまーっす。こっちがチャーシュー麺の海苔と味玉増しっすねー。で、こっちがチャーシュー麺でっす」
店員がトッピングが入った方のチャーシューラーメンを言った時に玲が手を挙げ、チャーシュー麺の方で悟が手を挙げた。
「ごゆっくりどうぞー」
「いただきます」
「いただきまーす!」
玲が提案したというのに、玲よりも待ちわびていたかのような「いただきます」を言った悟は早速麺から食べ始める。
玲はおよそラーメン好きが行うであろう儀礼的な意味も含め、スープから始める。
白濁している濃厚豚骨醤油の味は絶妙な塩気と共に爆弾のような旨味が流れ込んでくる。スープの見た目は結構ギトギト系に見えながらも、味自体は意外とあっさりしており、それが余計に食欲をそそられる。
玲も悟に続き、大量に盛られたチャーシューともやしを除けて麺を口にした。ここのラーメンの種類は細麺ではなく縮れ麺。これがスープに良く絡んでとてもうまかった。ラーメンの美味さと言うのは何よりもスープの美味さが一番重要になって来る。そして最高とも言える豚骨スープとこれでもかと絡んで口の中に飛び込んでくる麺の美味さは格別だろう。
学生の二人がここを良く選ぶのは、量も大盛やってませんと謳っているだけあって、そこそこの量があり、チャーシュー麺にしたら、小食の者は食いきれないくらいほどの幸せがどんぶりにのってやって来るからだった。
玲が麺の次に手を出すのは決まって海苔だった。旨味が大爆発を起こしているスープをたっぷり吸わせた海苔を麺に巻いて食べる。味変と言うには些細な変化であったが、味付け海苔や韓国海苔などに目がない玲からするとこの味が外せなかった。
そして最後に手を出すのがどんぶりの上ででかでかのその存在を主張するチャーシューだ。
「まじでデカいなこのチャーシュー」
そう言って悟は持ち上げたチャーシューを顔に近づけて、その大きさを比較する。
「意地汚いぞ。でもデカさはまじですげえと思う。齋藤飛鳥の顔よりデカい」
「いや間違いねえな」
けらけらと笑いながら、チャーシューを口にした悟は咀嚼しながら言葉を続ける。
「知ってるかあのマスクの写真」
「あの顔全部覆われちゃってるやつだろ?」
「そうそう、マジで可愛いよな」
「俺はももクロの方が好き」
「いやそういう話じゃなくて」
「でも今はラーメンの方が好きだな」
「いやいやだからそういう話じゃなくて」
「伸びるぞ」
「それはまずい」
玲に指摘された悟は改めて麺を啜り始める。ファストフードやファミレスでの食事ではもう捲し立てているのではないかと思うほどに会話劇さながらのやり取りを繰り広げる二人であったが、ラーメンの時はその口数を大きく減らしていた。
もちろんラーメンという性質上麺が伸びる前に食べきってしまいたいという思いが強いのもそうだが、二人は特別ラーメンが好きで、対話の如くラーメンとの食事を心の底から楽しんでいた。
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