田んぼの子

 青々しい世界の中に田んぼの子はいつもいる。

 緑髪を揺らす少女の形をした田んぼの子。何歳になっても君は田んぼの中から抜け出さない。何歳になっても君は田んぼの向こうを見つめている。

「なんで君は故郷を旅立とうとしないの?」

僕がそう聞くと田んぼの子はいつもこう言う。

「私がまだお嫁さんじゃないけんよ」


 田んぼの子の夢はお嫁さん。いつか自分の身も心も人生も誰かに捧げたいと言っていた。

 田んぼの子。君はただの田舎の子。君はただの交雑イネ。

 それでも君の青々しい田んぼはどこまでも美しくて、どこまでも澄んでいて、どこまでも深い色をしている。

 君は自分がどんなに混沌とした何者でもないと分かってる。

 なのに君は自分のどこまでも秩序を守ろうとしている。

 そんな君は田んぼの外からすれば埋め立てたくて仕方ない。

 君のその真っ白な体を奪い合われても君はいつも笑ってる。

 君はその真っ白な体を誰かの腹を満たすために分けてしまうんだ。

 君は本当はただ磨き上げた白米みたく純潔なお嫁さんになりたいだけなんだ。

 君は本当にただ純粋な女の子なだけなんだ。


 君は本当に田んぼの子なのかもしれない。

 確かに君は人間の精と胎とで生まれてきた。

 けれどその気高さも美しさもイノセンスも。

 田んぼそのものだ。


 田んぼの子。君はもしかするとこの故郷を旅立つかもしれない。

 田んぼの子。君はもしかするとこの先、悲しんでるかもしれないし、笑ってるかもしれない。


 田んぼの子。君は今世を終えたら今度は本当に田んぼの子として生まれてきて欲しい。

 お米になって、世界を旅して。

 いつか、真っ白な君を美味しいねって言ってくれる人に出会えますように。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る