一炊の夢
一睡だけ。あと、一睡だけ。と、老人は簡素なベッドの上に置かれた枕に頭を乗せました。
ゆっくりと米が水を吸うように眠りの世界は深くなっていきます。
一睡の夢に広がるのは
瑞々しい稲に囲まれた田舎で、青年は生まれ、育ち、隣の村の妻を娶りました。
妻は丁寧に磨き上げた白米みたく綺麗な肌白い女性でした。
二人はいつも地元の米と黄粱を混ぜたご飯を炊いて食べていました。
米はたくさんあったので、貧しくても食べるものには困りませんでした。
「幸せだね」
そう、二人は炊きあがる度に言ってました。
ある日、青年は事業を成功させ、お金持ちへとなりました。すきま風が駆け抜ける家は、自然が怒らない限り壊れることの無い家へと立て替え、二人は流行りの服だって着ました。
けれど、二人はその地を離れることはありませんでした。
そして、二人は変わらず地元の米と黄粱を混ぜたご飯を炊いては食べていました。
「幸せだね」
そう、二人は変わらず炊きあがる度に言ってました。
二人は栄耀栄華をきわめましたが、それだけは変わりませんでした。
ある、気持ちのいい朝のことでした。窓からは神々しい光が迎えてます。
「もうすぐで炊けますよ」
妻はそう言いました。
「もうすぐで時間が来るね」
青年はそう言いました。
何にもない時間を二人はにこやかに顔を見合わせては笑ってます。
台所にはもう米も黄粱もありません。
そして、二人は一緒に手を取り合ってお釜の蓋を開きました。
そこには金色に輝くいつもの白米と黄粱が混ざったご飯が炊き上がってました。
二人は行儀悪く、しゃもじで掬ってご飯を一口ずつ食べました。
「幸せだね」
そう二人そろって言いました。
「一睡しましょうか」
そう二人そろって目を閉じました。
元はお屋敷だった小さな家に空焚きした炊飯器だけが残っています。
老人が一睡の夢から覚めることはありせんでした。
それは一炊の夢だったのですから。
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