雨の日の図書館
五月七日
博愛の人
真っ白な翼を持つ人の形をした何かがいた。
名を「博愛の人」という。
博愛の人は男にも女にも見える容姿と小鳥の声、そして白鳩の翼を持っていた。
博愛の人は人々の幸福を願う幸せの鳥。けれど、等しい愛しか与えない。
自分だけ愛されようとする人がいれば博愛の人は飛び去り、二度と現れなくなる。
なので、博愛の人を人間達は愛しもしたが、当然中には理解に苦しむ人もいた。
そんな博愛の人の元に一人の女の子がやってきた。
「博愛の人。あなたは何故、博愛を選んだのですか」
博愛の人はまだ青い春を迎える前の女の子に優しく言った。
「博愛は美しいからだ」
どこか誇らしげな博愛の人に女の子は悲しそうに、泣き出しそうな顔で訴えかけた。
「でも、私にはあなたがとても寂しいそうに見えます」
「それはどういうことかな」
博愛の人の問に女の子は初めて博愛の人は人間ではないのだと気づいた。
姿だけでは無い、心が人間の域を超えている。常に水面のように心が落ち着いているのだ。
なので、女の子は多くの人間たちの愛の目線で答えた。
「皆、誰かに一つだけの愛をもらう権利はあります。けれど、あなたは等しい愛を与え、そして等しい愛しかもらいません。私にはそんなあなたが寂しそうに見えます」
すると博愛の人はどこか困ったように笑った。
「ワタシは元は人間だったんだ」
その言葉に女の子は申し訳なさそうに口を噤む。
天使のように美しい姿と、鳥の視点で世を見る博愛の人には人間の欠片しか残っていないからだ。
「人間の時、ワタシは多くの愛をもらったし、与えたさ。けれど、一人だけを永遠に愛せる人なんて本当にこの世にいるのだろうか。みな、恋を知れば愛というのが移ろっていく。美しくて、誰も傷つかない、傷つけられない、永遠の愛はあるのだろうか。そう辿り着いた時、ワタシは博愛を選んだのさ」
博愛の人は自分の翼を広げて見せる。人間だったとは思えないほど真っ白で美しい。
まるで人工物だ。
「博愛の翼は真っ白だ。きっと、他の愛にも色があるのだろう」
翼をとじると、今度は女の子に言い聞かせ始めた。
博愛の人は自分の空色の瞳で女の子を見つめながら。
「これから先、ワタシのように人間はそれぞれ突き詰めた翼を手に入れる日が来るだろう。キミはまだ幼い。だから、これから知るのだろう。それでいい。キミがたくさん愛し、愛され、傷つき、傷つけた先に――選べばいい」
「でも、私は博愛の人が一人なのは悲しいです」
女の子はまだ純粋だった。純粋だからこそ、博愛の人の優しさが分からないのだ。
「博愛を選ぶのならワタシは喜んでキミと共に飛ぼう。違う愛を選ぶのならワタシは喜んでキミが羽ばたくところを見届けよう。ワタシはキミがもがき、苦しむ時、後ろから追い風を送ろう。けれど、ワタシは博愛の人だからキミを前からは守れないよ。キミが自分で前も守るか、誰かと守っていくしかないのだから」
博愛の人はそう言うと白鳩の翼を羽ばたかせて飛んでいってしまった。
博愛の人は女の子が恋を知った時にきっと戻ってくるだろう。
恋は愛と似ているが、全く違う。
恋で苦しんだ先に、愛があり、繰り返した先で女の子が愛を選ぶ日がやってくる。
その時、博愛の人はもう一度姿を現すだろう。
優しい微笑みで、
「よく、キミの答えを出した」
と、大人になった彼女を褒める日が。
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