海が割れた、みたいな

「人多いなー」


 俺は夏祭り会場の近くのコンビニに立っていた。

 まだ、空は明るく端からうっすらと赤く染まりだしていた。

 夏祭りの影響だろう、結構人が密集していた。


 何をしているかって?

 愛莉が、待ち合わせしようと言ってきたんだ。

 だから、俺は愛莉待ち。


「もうそろかな」


 今の時刻は18時50分。待ち合わせ時間は19時なんだが。

 つか、愛莉見つけられるかな?


 ざわざわ。


 ん?なんだ?周りの人が足を止めて目線を同じところに集めている。


 そして、どんどん人混みが割れていく。

 まるで、モーセの海割りのように。


 一直線に道ができる。

 道の最終地点には俺がいて、先を見れば愛莉がいた。


 え、何やってんの?


「ゆうくーん!」


 愛莉はこの異常な状況に何の違和感も持っていないのか、こちらに走り寄ってくる。


「お、おいっ、その格好で走ったらっ」


「きゃっ」


 愛莉がつまずく。愛莉の体勢が後ろに傾く。

 でも、ギリギリ間に合って転ける前に愛莉を支える。


「せっかくの浴衣が汚れるところだったぞ?」


「ありがとう。忘れてた」


 えへへ、と愛莉があどけなく笑う。


「っ!そ、その、可愛いな、浴衣……」


 どうして、人混みが割れたのか分かった。

 浴衣もそうだけど、それだけじゃない。今日の愛莉は可愛い。

 見慣れた愛莉じゃない。


 ほんのりと化粧している。


 別人、とまでは行かないけど、愛莉の可愛さが増長している。

 そんな愛莉が水色を基調とした浴衣。


 周囲の人が目を奪われないわけがない。


「っ!ありがとう!」


 パチパチ……


 おい、次は何なんだ。


 周囲から沸き上がる拍手。

 俺は周りを見渡す。


 ……俺らの方見てるぞ。


 俺と愛莉を囲むように人混みができて、全員が拍手をしている。


 俺は今の体勢を見てみる。

 それは、見事なバックハグだった。


 ……そういうことかよ。


「愛莉、行くぞ」


「うん!」


 恥ずかしくなった俺は愛莉の手を引いて人混みを抜ける。



◇◆◇◆◇◆



「ゆうくん、ゆうくん!次は、金魚すくい!」


「え、スーパーボールすくいにしとけって。お前、育てきれないだろ」


 愛莉が金魚すくいの屋台を指差してたから、止めた。


「育てきれるよー」


 そんなこと言いながらもスーパーボールの方に行っている。

 怖じ気づいたな。


 そんなこんなで、スーパーボールを二個取った愛莉と屋台を巡る。


「リンゴ飴食べたい!」


 愛莉が俺の返事を待たずに歩き出す。


「ちょ、はぐれるぞ!」


 人多いんだからさ。

 って、人多くて声届いてないし。

 俺は愛莉の背中を追いかける。


「ん?愛莉、なんか落ちたぞ?」


 愛莉の腰からピンク色の何かが落ちる。

 愛莉は気づいてないみたいで、止まらない。俺は急いでそれを拾う。


「……財布」


 思わずため息が出てしまう。


「はあ、はしゃぎすきだろ」


 俺は腰を上げ、愛莉の元に足を運ぶ。


「……あれ?愛莉?」


 目を離したのは一瞬だった。

 でも、視界の先に愛莉の姿はなかった。


 嘘、俺取り残された?

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