どこかおかしい

「……ゆうくん、その手紙」


 愛莉の視線が俺の手にある手紙を向く。

 体がすくむのが分かる。


「い、いや勝手に見るつもりはなかったんだ。ごめん」


「え?いいよ、別に」


 あれ?

 案外明るい声だな。

 愛莉の表情を見るが、普通に笑っていた。


「あ、いいんだ」


「うん。気づいて欲しかったんだけど、ゆうくんに貰ったものだし、見られてもいいよ」


 確かに。

 焦ることなくないか?

 俺は何を焦っていたんだろう。


「それで、思い出したの?」


 あ、これだった。俺が焦っている要因。


「お、思い出したよ」


「やった!じゃあ、私たち付き合うんだよね!」


 愛莉が満面の笑みで聞いてくる。


 どうしよう。

 俺は必死に脳を回す。


 好きじゃないから付き合わない。

 好きじゃないけど付き合う。


 うわ、どっちが正解だ?

 いやでも、こんなに喜んでる愛莉を悲しませるのか?

 そっちの方がダメだろ。


「……そうだな、付き合おうか」


 たぶん、これが正解だ。


「……やっぱりいいや」


「え?」


 愛莉が呟くように紡ぐ。

 愛莉は少し悲しそうにうつむいていた。


「……ゆうくん、私のこと好き?」


「そ、それは……」


 言えるわけない。好きだなんて。


「でしょ?だから、まだいいや。今、付き合っても嬉しくないよ」


 そうか。愛莉は本気で俺のことを好きでいてくれている。

 それは、告白された時に知っていたはずだ。

 全然正解じゃなかった。


 というか、どっち選んでも正解じゃない。


「……ごめん、半端な気持ちで付き合おうなんて言って」


「いいよ」


「いつか、好きになるから」


 たぶん、これが最適解だ。


「ありがとう。待ってるから」


 愛莉はそっと笑った。


 あんまり、これ以上待たせたくないな。


「……あ、話変わるんだけど、これは何だ?」


 俺は愛莉に例のブツを見せる。


「婚姻届だよ?ゆうくんが18歳になったら出そうと思って」


 愛莉は淡々と返す。


 あれ?どうしてそんなに普通に答えられるんだ?

 あれ?俺がおかしいのか?今時の女子高生は婚姻届を持ってるもんなのか?

 それに、付き合ってもないのに名前を書くものか?


 え?つか、18歳になったらって、俺に拒否権とかは?

 え?俺、この存在に気づかなかったら、いつの間にか妻ができてたってことか?

 え?こわっ。


「と、とりあえずこれは預かっとくな」


 これは持たせられないわ。


「一緒に出しに行こうね!」


「あ、うん」


 付き合うかどうかは分からないのに、結婚できることは疑わないんだ。


「あー、それから一番上の引き出しの写真は?」


 聞いていいのか分からないけど、もう勢いで聞いてみた。


「あれは幼い時からのゆうくんだよ。全部可愛いでしょ?」


 いや、可愛くはないぞ?


「今度部屋に貼ろうと思ってるんだー。手伝ってくれないかな?」


 え、嫌だ。全力で妨害したい。


「それは、辞めたほうがいいんじゃない?」


「え?どうして?」


「いや、だって、気持ち悪くない?」


「え?ゆうくんは気持ち悪くないよ?」


「……そういうことじゃなくてだな」


 ダメだ。これ、愛莉の部屋がゆうくんワールドになるやつだ。

 でも、そんなん嫌だ。気持ち悪い。


 あ、


「……愛莉には、今の俺だけを見てほしいんだ。だから、写真は嫌だ」


「ゆ、ゆうくん……っ」


 愛莉を壁際まで追い込み、壁ドンをする。


 はあ、黒歴史じゃん。

 それに、思わせぶりじゃん。俺って最低。


 愛莉は目を潤わせるて頬を赤らめる。


「わかった。今のゆうくんだけを見てるね」


 ……え、


 なんか、可愛いな。


 俺は死んだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る