予行練習は無事に成功しました

 夕陽が赤く空を染める。


「よっ」


 屋上に行くと既に愛莉が背を向けて立っていた。


 これは、告白までする流れか。


「なんか用か?」


 俺は知らないふりをする。

 愛莉が振り向く。


「ゆうくん、ずっと前から、子供の頃から好きでした。付き合ってください」


 愛莉が真剣な顔で俺を見つめる。

 顔が赤いのは恥ずかしいからか、夕陽のせいか。


「まさか、あの手紙は……」


 俺は本番を意識して驚いたふりをする。


「うん、私だよ」


「そうだったのか」


 まあ、知ってたんだけどね。


「うん、それで返事は?」


 返事までするのか?

 あーでも必要か。ここで俺が落ちないとこの策に不安を抱かせることになってしまう。


 にしても、愛莉も少し酷いなぁ。俺が本気で惚れてたらどうすんだよ。

 まあ、そんなところも愛莉らしいけどな。

 それに、ギミック知ってたから惚れてないし全然大丈夫だ。


「よろしくお願いします」


 愛莉が笑顔になる。


 そっか、成功がそんなに嬉しいか。


「ぐすっ」


「お、おい!どうして泣いてんだ?!」


 急にうずくまり泣き出す愛莉。俺は焦りながら駆け寄る。


「ごめんね、嬉しくてっ。今まで頑張ってきたからっ」


 そっか。愛莉にとってこの練習の成功はそこまで大きいものなんだな。


「そうだな。愛莉がそこまで思っていたなんて気づいてあげられなくてごめんな」


 気づけていれば、もっと調べてもっと勝率の高いやり方を出せていたかもしれない。


「ううん。ありがとう、私の願い叶っちゃった」


 愛莉が目尻に涙をためながら笑顔を向ける。


「何言ってんだ。まだ叶ってないだろ?」 


 これからだろ。

 好きな人に告白するんだ。


「……映画館デートしたい。水族館デートしたい。お泊まりデートもしたい」


 愛莉がぽつりぽつりと溢していく。


「できるぞ」


 必ず成功する。

 そして、彼氏と行くんだ。叶えるんだ。


「焦らず愛莉のペースでやればいい」


「うん、ありがとうゆうくん」


 愛莉が俺に抱きついてくる。


「お、おい」


「いいでしょ?」


 耳元でそう呟く。


「そうだな」


 本当はダメだけど。

 でも、愛莉に彼氏ができるまでは幼なじみでいたいな。


「愛莉、帰ろっか」


「うん」


 愛莉が腕を組んできたけど、俺は拒めなかった。



◆◇◆◇◆◇



「うそ、でしょ……?小川くんと愛莉が、付き合うなんて、」


 同時刻、沙織が屋上の扉の内側から耳をそばだてていた。

 優良が屋上に行くのを見かけ、追いかけたのだ。

 沙織の表情は酷く固まっていた。


「おかしい、幼なじみは負けヒロインだって……っ。それに、小川くんは愛莉のこと好きではなかったはずなのにっ」


 沙織の表情は焦りに染まっていた。



◆◇◆◇◆◇



「お、お嬢様様っ!」


 忍がひかりの部屋へ急いで入る。


「何をそんなに慌てているのですか?」


 忍の表情は珍しく無表情ではなく、焦燥が出ている。

  らしくない焦りようにひかりが少し心配そうに忍に近づく。


「優良様と愛莉様が先程交際を始めました!」


 部屋が少し静寂に包まれる。


「ふふ、忍はそんなことでこんなに慌てていたのですか?」


「……え?」


 好きな人が取られて『そんなこと』で済ませるひかりを恐る恐る除き見る忍。

 ひかりは、いつもと変わらない笑顔を浮かべているだけだった。


「最終的には私のモノになるのですから。今は愛莉さんに花を持たせましょう」


 そうだった、と忍は思い出す。

 お嬢様は常に策を何重にも巡らせていらっしゃるお方だと。

 気に入ったものは何が何でも手に入れるお方だと。

 このことも予測済みだったということですか?

 そんな思考がよぎり、忍の身体がぞくりと震えた。

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