1-9
群生のコードは、動物の集団行動を司る力。
物量で攻めるシエンにとって、建物内は絶対有利の狩り場である。
拳銃を収納するシグレ。
代わりに引き寄せたのは、火炎放射器だった。
「読めてんだよ」
ノズルの先から一直線に炎が吹き上がる。
虫が焼ける悪臭が漂い始める。
炎は瞬く間に床や壁へと燃え移っていく。
建物内に警報が鳴り響く頃には、廊下で燃え盛る火炎は蜘蛛の進行を完全に遮断していた。
だが炎の向こうには既に警備兵が駆けつけている。
背後からも増援の足音。
退路を断たれた格好だ。
「来てみろよ!」
シグレは構わず火炎放射器を背後めがけて振り回す。
たちまち後方も炎で埋め尽くされた。
一方のシグレは悠々と火炎放射器を放り投げ、別の得物を招来している。
マシンガンだ。
それを真上に向けて乱射する。
間もなくして天井に大きな穴が空き、シグレはそこから上階へと飛び上がった。
銃を担いだまま素早く周囲を探る。
廊下の警備は手薄だが、下に集まった連中が戻ってくる前にターゲットに辿り着かなければならない。
仮に警備兵を排除しても、このまま延焼が進めば呼吸困難になるのはシグレが先だ。
何より考慮すべきは、ここが未だシエンの権限内だということ。
群生のコードが実行された時点で探知は解除しているはずだが、それでも有利なのは向こう側だ。
シグレは接敵を避けるため、オフィスの一室へと入る。
機器類は無く、デスクや椅子だけが置かれていた。
ビジネス目的で使われていたビルをそのまま買い取ったのだろう。
待ち伏せが無いことを確認し、マシンガンを机の上に置く。
ターゲットが最上階にいるという仮定のもと、なるべく音を立てずに進みたい。
無論、リスクの高い階段は使えない。
シグレは頭上を見上げた。
無音に近い形で天井を破壊する方法もあらかじめ用意してある。
その作業に取り掛かろうとした時だった。
音が聞こえた。
何かが廊下を駆けてくる。
人間の足音ではない。
そして獣特有の息遣い。
次の瞬間、室内に押し寄せてきたのは狼の群れだった。
「くそ、油断した」
シグレはとっさにサプレッサー付き拳銃を構える。
一匹、二匹と射殺するが、数が多い。
別の狼が飛びかかる。
シグレは上体を捻って躱しつつ、左手に持ったナイフで斬りつける。
右手の拳銃で正面を撃ち、左手のナイフで横側の攻撃を捌き、それ以外は蹴りでやり過ごす。
徹底して無音で対処する判断である。
最後の一匹を射殺する頃には、シグレの皮膚には無数の切り傷が生じていた。
本人の視認が無ければ的確な攻撃は来ないだろうと考えていたが、間違いだった。
嗅覚に優れた動物なら自力で索敵ができるのか。
しかも今のシグレは多からず出血している。
血の匂いを辿られたら隠密行動の意味が無くなってしまう。
下階は既に鎮火したようだった。
煙で匂いをごまかすこともできない。
だが、シエンも無から生物を生み出せるわけではないはずだ。
狼のような高等生物を建物内でいくつも用意している可能性は低い。
このまま様子見に徹するという手もあるにはある。
しかし、もたもたしていれば警備兵に見つかってしまう。
何より契約者の増援を呼ばれることだけは避けなければならない。
火炎放射と天井破壊を組み合わせる手法は先程見せてしまった。
次は上下からも包囲されるだろう。
「仕方がない。泣きの最終手段ってやつだ」
プラスチック爆弾を片手で弄びながらシグレは呟いた。
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