1-8

 植木に囲まれたオフィスビル。

 茂みに身を潜めていたシグレは周囲に敵がいないことを確認し、素早く窓に近づいた。

 特殊な器具でガラスに穴を開け、施錠を外す。

 そのまま建物内に侵入。

 敵影無し。

 設備を見るに給湯室のようだが、床にはうっすらと埃が溜まっていた。

 あまり使われていないのだろう。

 契約者は高い戦闘適正と探知能力を併せ持つことから、特別治安維持部隊という名目で地域を実質的に統治することが認められている。

 これは契約者が国家と直接衝突することを避けるために急遽設けられた、いわば政府による密約だ。

 そしてシグレが今いるこの建物こそ、北陸区における部隊の本拠地である。


 ドアに近づいて耳を澄ます。

 重々しい足音が左右から聞こえる。

 非契約者の警備兵が巡回しているのだ。

 上階に向かうためにはまず、武装した彼らを処理しなければならない。

 カナタとムラクモは離れた場所で陽動に当っている。

 その間に孤立したシエンをシグレが一人で叩く、というのが作戦の大筋である。

 廊下から足音が近づいてきた。

 ドアのすぐ向こう側だ。

「招来の実行権限を行使する」

 シグレのコードは、特定の物体を引き寄せる力。

 彼女の手には今、サプレッサー付きの拳銃が握られていた。

 勢いよくドアを開ける。

 警備兵が反応する前に背後に回り込みつつ左腕で気管を絞める。

 廊下の向こうで別の警備兵が素早く銃を構えたが、それとほぼ同時にシグレの銃弾が数発命中していた。

 左腕に力を込めて警備兵を失神させながら、周囲に他の敵がいないことを確認する。

 敵影は無いが、コードを使ったことでこちらの位置は完全に探知されているだろう。

 既に戦闘は始まっている。

 拳銃をリロードしながら突き当たり側の階段に向かって走り出すシグレ。

 待ち伏せを極力警戒しつつ、無駄のない動作で進んでいく。

 不意に、廊下の奥が暗闇に包まれたように見えた。

 そしてそれは幻覚ではなかった。

 床も、壁も、天井すらも、全てを覆い尽くす黒い何かがこちらに迫って来る。

 シグレはすぐにその正体を知った。

 毒蜘蛛の大群が、恐るべき勢いで押し寄せていた。

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