1-5
コードの力には距離の制約がある。
権限の範囲を広げれば広げるほど、実行に要する準備時間は増えていく。
地面を凍らせるほどの影響を及ぼすことができるのは、多く見積もっても半径50メートルが限度。
そして、権限の拡大を維持している間は他の力を行使できない。
つまり今、この裏路地のどこかで無防備の敵がいるということだ。
それを、叩くべし。
地面からはまるで針のむしろのように氷がびっしりと突き出ていた。
踏めば足を貫かれ、留まれば氷に取り込まれるだろう。
今や凍結は周囲の壁にまで広がりつつあった。
「引力の実行権限を行使する」
ムラクモは壁の引力を利用して真横に飛び移る。
さらにその壁を蹴って反対側の壁に飛び、上へと跳躍していく。
ビルの屋上に着地。
周囲を素早く見渡すムラクモ。
辺りに敵の姿は無い。
となれば、いずれかの建物の中か。
このまま屋上を飛び渡って権限の範囲内から離れるという手もあるが――。
不意に、ムラクモの足元に亀裂が走った。
次の瞬間、砕け散ったコンクリートが間欠泉のように吹き上がった。
間一髪で破片を回避するムラクモ。
屋上に大きく空いた穴から現れたのは、一人の大男だった。
「略奪者よ。シエン様の元へは行かせんぞ」
大男は唸るような低い声で言った。
名前はエニシ。
物体の崩壊を司る、破砕のコードを持つ契約者。
この男の情報は確認済みだ。
エニシは床を掬い上げるように殴りつける。
砕けたコンクリート片が散弾のようにムラクモを襲う。
だがムラクモには、周囲の重力を強化する技――星式がある。
破片は一つ残らず足元に落ちた。
その隙にエニシが一気に距離を詰める。
振り下ろされる拳は骨を砕き肉を抉る必殺の一撃だ。
ムラクモは背後に飛び退いて躱す。
空振りしたエニシの拳が屋上の床を砕く。
その崩壊はムラクモの着地点をも奪っていた。
瓦礫と共に建物内へ落下するムラクモ。
空中で体勢を立て直す前に、頭上からエニシの拳が迫る。
回避が、間に合わない。
「時間稼ぎご苦労。深淵の実行権限を行使する」
次の瞬間、虚空から現れたカナタの飛び蹴りがエニシを真横に吹き飛ばしていた。
深淵とは、実体無き不可視の領域。
権限の拡大を完了したカナタは今、範囲内において自身の消失と出現を自在に操ることを可能にした。
落下したエニシは受け身を取りながら瓦礫の散弾を放つ。
それはカナタの居た場所をすり抜けて壁に当たった。
本体はエニシの背後。
虚空から出現したカナタは、敵の後頭部に膝蹴りを叩き込んでいた。
怯んだエニシに、ムラクモが追撃する。
「星式」
手をかざしたムラクモの足元で、エニシは強烈な重力を受けてうつ伏せに倒れた。
素早く敵の上に馬乗りになるムラクモ。
エニシは床の破壊を試みるが、ムラクモの執拗な殴打を受けてコードを実行できない。
「離れろムラクモ!」
カナタが叫んだ。
だがその時既にムラクモの両足は氷に取り込まれていた。
氷に侵食されながらも、ムラクモは拳を振り続ける。
殴打を止めればエニシに反撃されるからだ。
凍結で動けなくなる前にこの男を戦闘不能にするしかない。
さらにエニシを保護するように乱雑に突き出た氷柱が、カナタの追撃を阻んでいる。
その間にもムラクモを侵食する氷は成長し続けていた。
「今度はピンポイントで凍らせてきた。もう一匹も近いぞ」
カナタは、再び虚空へと消えた。
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