1-3
コードとは神であり、権限であり、万物を律する力である。
世界はコードによって構築され、コードによって制御されていた。
人間もまた、限られた権限の中で生きるだけの生命に過ぎなかった。
そして今、神はいない。
略奪を司るコード・カルマの裏切りにより、滅びたのだ。
秩序無き時代の到来である。
「これがコード原理主義の教えだ」
日本各地を表すホログラムを見下ろしながら、陰気な顔をした男――ムクロは言った。
その向かい側には二人が座っている。
退屈そうにふんぞり返るシグレ。
地蔵のように動かないムラクモ。
「なんでアタシまで新人研修受けてんだよ」
「お前も新人だからだ」
作戦会議用のテーブルを蹴るシグレを、ムクロが上から睨む。
「実戦経験ならアンタよりよっぽど上なんだけどなあ?」
「契約者としては恐らくこの中で一番のビギナーだぞ」
「…………」
ムラクモは二人の視線を受けてもなお微動だにしない。
契約者とはコードの力、すなわち実行権限を有した人間のことを指す。
人間が神の力を持つのはカルマと契約しているからだ、という考えがその名の由来だ。
シグレも、ムラクモも、ムクロも、ここにいる三人はみな契約者である。
「問題はムラクモ。お前がコード原理主義者なのかどうかということだ」
ムクロはムラクモに向かい合い、そう言った。
コード原理主義。
それは神々の復権を目指す思想であり、コード原理主義者は自らに属さない異端の契約者を撲滅するべく今も侵略と虐殺を続けている。
ムラクモはコード原理主義の総本山である京都エリアからこの東海区へと侵入した。
そして、東海区と対立する北陸区もまた、コード原理主義者の領域である。
だからこそシグレはムラクモを北へ追いやり、両者の反応を見たのだ。
「…………俺は契約者の存在を肯定する立場にない。だが、コード原理主義者のやり方は看過できるものではなかった」
ムラクモは虚空を見つめたまま口元だけを動かしてそう言った。
「虐殺に加担したくないから一人で逃げてきたって? 大した根性だな」
シグレの乾いた笑い声が響く。
「おおよその事情はわかった。それで、京都を抜けてどうするつもりだったんだ?」
「望んであの場所から離れたわけではない」
ムクロの問いに、ムラクモは淡々と返す。
「ノープランで上に逆らって殺されかけての逃亡劇か。馬鹿だな」
シグレは呆れている。
「現状、日本の西側はほぼ京都のテリトリーだ。そこから生きて逃げ出せただけでも奇跡に近いと言っていい」
ムクロは嗜めるように言った。
「だから何だよ」
「戦力として数えるに申し分ないということだ」
「引き入れるってか? コイツを? スパイだったらどうする」
シグレが反論する。
「プライドの高い原理主義者が搦め手を好むとは考えにくい」
「こいつの独断だったら?」
「そこまで疑うならお前が監視するか?」
「なんでそうなる」
「さっきも言ったが、今の京都は国内でも一大勢力だ。そしてこの中部エリアは連中の東進を食い止められるかどうかの瀬戸際にいるにもかかわらず、まだ南北の統一すらできていない。低い可能性をつぶさに考慮してる猶予がどこにある」
ムクロは冷たい口調でそう言った。
一時の沈黙。
それを破ったのはムラクモだった。
「俺の目的は、昔の京都を取り戻すことだ。ここでの活動がそれに貢献するというのなら、構わない。コードの力を手に入れてから、あの場所は狂ってしまった」
原理主義のことを言っているのだろう。
「感謝する。とはいえ当面の目標は北陸だ。京都が動き出す前に中部エリアを統一する必要がある」
ムクロの言葉に、ムラクモは小さく頷く。
シグレは既に退室している。
廊下には不機嫌そうな足音が響いていた。
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