山田 零士 1年次夏期集中訓練 移動日(3)

「お前らも災難だったな」

 と厳島教育官に言われると、章は

「俺、全く関係ないっす。

 船を見て回っている間に起こったので、何が何やら全く分かりません。

 零士達の所に戻ったら、いきなり移動するって言われた」

 と答えた。


「そいつは災難だったな」

 と言って笑っている。


「じゃあ、アイツラをやったのは山田か?」

 と問われたので

「そうです。俺です」

 と答えると

「なかなか上手く手加減出来ているじゃあないか」

 と言ってウンウンと頷いている。

 部屋の隅に居るニヤニヤして俺達を見ていた馬鹿リーダーが、驚きの顔に変わった。


 厳島教育官は、馬鹿リーダーの方を見て

「残念だったな徳永。

 こいつがお前らを打ちのめしたのは、金崎かなざきの指示だ。

 だから、お前らと違って処罰される事は無い」

 と言うと、馬鹿リーダーは苦々しい顔をした。


「それにお前らがこいつに勝てる訳ない。

 こいつの実力は既に3年レベルだ。

 お前らの様に真面目に訓練をしていない連中が、勝てる相手では無い」

 と追撃をされ絶句している。


「厳島教育官。

 その辺で良いでしょう。

 コイツラの処分は、本人の希望通り強制収容所送りです」

 と金崎教育官が告げた。


 馬鹿リーダーが、みっともなく言い訳と謝罪をするが決定は変わらなかった。

 馬鹿共の周りにポールを4本立てられ、装置を起動するとうっすらと黄色く光る壁に囲まれた。

 すると、馬鹿リーダーの声が聞こえなくなった。


「隔離結界装置だ。

 あの中に閉じ込められたら、訓練校生では破壊出来ない。

 外からは中の様子が見えるが、中からはこちらは見えない。

 そして、音も遮断するから安心して良いぞ」

 と厳島教育官に言われた。


 食堂に3人の教育官が戻ってきた。

 3人は、両手に野外訓練用背嚢バックパックを持っていた。

 恐らくあの馬鹿共の物だろう。


 その3人の内の1人が

「1時間後に高速艇で回収に来るそうだ。

 それと船長にも話は通した」

 と言った。


「そうか。ありがとう」

 と金崎教育官が答えた後

「さて、調書の作成を始めよう」

 と言われ、少し離れたテーブルに移動した。

 俺と明日香は、金崎教育官の対面に座り、金崎教育官の横に別の教育官が座った。

 金崎教育官に質問され、もう一人の教育官が記録していく。

 調書は30分程で終わった。


 その後は、厳島教育官と霧咲教育官に捕まり能力訓練が始まった。

 30分位すると金崎教育官がやって来た。

「引き渡し用の高速艇が回収に来た。見学してはどうかね?」

 と聞いてきた。


「折角だから見学しよう」

 と厳島教育官が言う。


 確かに気にはなるが、出来るだけ関わりたくは無かったんだけどなと思っていると、馬鹿共の結界が解除された。


 馬鹿共は全員意識を取り戻していた。

 その馬鹿共は一斉に許しを請う。

 しかし、馬鹿共の前に立つ1人の女性教育官が

「黙れ」

 と一喝すると静かになった。

「今まで能力を使わない素行不良故に、多少甘い裁定を行っていました。

 しかし、前回の素行不良を行った時に警告しましたよね。

 次はないと。

 なので、もうお終いです」

 と宣言した直後に馬鹿共は全員意識を失い倒れた。


 霧咲教育官が

「魔力を強く当てて強制的に意識を奪った。

 魔力差が大きいから出来る芸当だ」

 と説明してくれた。


 それよりも20代と思われる女性教育官だが、怒らせると本当に怖いと思った。

 そして、何故か斜め後ろに居る明日香の視線も痛いんだが?


 教育官達が馬鹿共を担いで移動を開始する。

 俺達も厳島教育官に続いて移動すると乗船した入口に向かう。

 乗船口には船員が居て、教育官達を見て扉を開ける。

 厳島教育官に連れられて扉の側に行くと、当然の事ながら乗船口の外側には船側の絶壁だけだ。

 少し離れた下の方に高速艇が並走している。


 高速艇の甲板に数人が立っている。

 手に何か持っていると思ったら、それがこちらに投げられた。

 それは、金崎教育官が受け取り、ガタイの良い教育官に渡す。

 何だと思ったらロープだった。

 高速艇でも、1人がロープ端を握って立っている。


 再び高速艇からロープを滑る様に何か投げられた。

 シャーと言う音と共にこちらに近づいてくる。

 それを金崎教育官が受け取り他の教育官に渡す。

 受け取った教育官は、ロープから外している。

 そして、次々と投げられてくる。


 後から投げられた物は、ロープ滑車とハーネスだった。

 教育官達が、ハーネスを馬鹿共に着けている。

 合計6個のハーネスと1本のワイヤーと7個のロープ滑車が高速艇から投げられた。


 ロープ滑車のフックに、ワイヤーを通した6人の野外訓練用背嚢バックパックを取り付け高速艇に下ろす。

 その後は、1人ずつロープ滑車に吊るして高速艇に下ろす。

 高速艇の隊員が受け止めてフックを外して船内に運び込む。


 全員降ろした後は高速艇の隊員がロープを回収した。

 高速艇はフェリーから離れて行った。

 船員が乗船口を閉じて終了だった。


 俺達は、厳島教育官に連れられて食堂に戻る。

 途中、章が馬鹿共を移動中ロープを持って支えた教育官の所に行き

「単純に力で引っ張ってただけじゃあ無いですよね。

 なんというか、床に貼り付いて微動だにしない感じに見えたんですが?」

 と聞きに行った。


「よく気づいたな。

 アレは不動と言う技能スキルだ。

 魔力で身体に接触している物体に固定する技能スキルだ。

 本来の用途は、盾役が敵の攻撃を受け止める時に使うものだ」

 と上機嫌で答えていた。


 章は、

「おお、すげぇ。そんな技能スキルもあるんだ」

 と尊敬の眼差しで言った。


「お前、見込みあるな。

 お前らの年齢なら、こんな地味な技能スキルに興味を持たないものだ」

 と上機嫌で笑っている。

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